Act27:踏破の代償と先生のお説教。
静也とレインの絡みは書いてて楽しい。
――――ああ、やっぱり夢だった。
意識が覚醒した瞬間、内心でそう呟いた。
なんの声も上げずに、静也はゆっくりと目を開ける。
見下ろせば、自分は仰向けに寝かされた状態で、両手足はしっかりと固定されて全身包帯を巻かれ、ゆったりとした入院着を着せられていた。
周囲を軽く見回すと、ベッドの周りに白いカーテンが掛かっており、外の様子は全く分からない。
保健室かな、と目覚めきっていない頭でなんとなく考える。
「(……ん?)」
そうして暫くぼんやりしていると、カーテンの外から会話が聞こえてきた。
「全く…あんたの生徒も無茶するねぇ。あたしが患者にメスを入れたのなんて十数年ぶりだよ?」
「ああ、済まないな、ユーツ」
片方はそれなりによく知っている担任の声。もう片方は聞き覚えがあるな、程度の記憶しかない女性の声。
「(ユーツ?………ああ、ユーツ・ククット)」
静也が記憶を辿ると、保健室という場所に常駐しているひとりの女性に行き当たった。
養護教諭、ユーツ・ククット。
赤いセミロングヘアに赤い目をしたエルフであり、学生時代のレインの同期だった女性の筈だ。
3系統魔法使いであり、療魔法の担当教員でタマキの師匠筋に当たる。
担当教員を務めるだけあって、タマキ曰く大抵の怪我は一瞬で治すそうだ。
療魔法の腕もさることながら、執刀医としての技術もあったのか、等と思いながら会話に耳を傾ける。
「骨折48箇所、ヒビを入れて100箇所以上。切り傷打撲は当たり前。捻挫や脱臼も普通の症状じゃない。電撃で大火傷、内蔵も幾つか傷めてたし、鬱血が破れて出血多量。折れた骨が皮膚を突き破って両腕はグッチャグチャ。一体どんなバケモノと……ああ、そこで寝てる獣人小僧か」
「お、おいユーツ…!この方は…」
「どんなにやんごとなき御方だろうと、あたしに取っちゃオイタをしたアホな小僧さね。あんたの生徒も含めてね」
「ぐ…なまじ合ってるだけに言い返せない…」
―――おい、少しは否定しろダメ教師。
心の中で静也はレインにツッコミを入れた。
そして会話の内容から、ユーツの放った言葉に引っ掛かるものを感じ取る。
「(獣人小僧?誰だ?)」
眠る以前の記憶がやや混濁気味の静也は、獣人小僧と呼ばれた人物に覚えがある様な無いような気がした。
記憶の混線をほぐしながら思い至る人物を検索する。
獣人族で真っ先に思い至ったのはタマキとサクラ。
しかし違う。サクラは元より、自分を張り倒しまくったタマキは回復要員だ。そんな大怪我をさせたとあっては本末転倒だろう。
検索、検索、検索。
「(獣人で…俺の怪我の原因…ん~~~~~?………………………………………………………………あ、ケルベロス)」
思い出した。
そうだ、両腕の怪我の直接的な原因は静也自身だが、そこに至る経緯やその他の怪我自体はケルベロスが原因だった。
確かあのケルベロスはモンスターに寄生された獣人の子供だった筈だ。
そして静也は、ケルベロスとの戦いでの自分の様子も同時に思い出す。
「(生き残る為に死にかけるって、なんつー無茶な)」
自分の浅はかさにほとほと呆れてしまう。
状況が状況だっただけにリミッターカット自体に後悔はないが、もう少し加減が効かないものかと反省した。
「じゃ、あたしは他の連中の様子見に行くから、起きたらその小僧をこってり絞っときな」
「………ああ、分かった」
反省点を思い出していた静也の耳にそんな会話が届くと、気配がひとつ保健室から出て行く。
同時に人影がカーテンに近づいたので静也は狸寝入りを決め込むことにした。
シャッとカーテンが開く。
「…………………」
「すー……すー……すー………」
レインだろうか?気配は目を閉じた静也の枕元に来ると、備え置いてあった椅子に腰掛ける。
「……………静也、起きてるな?」
「…………………」
――――何故解る。
そうツッコミたいのを堪えて微動だにしない。
「……………ベッドの下」
「!」
レインの言葉に静也は心の中で僅かに動揺した。
それでも寝た振りを続ける。
「机の裏」
「!!」
「本棚の下から二番目の辞書ケースの中」
「!!!」
「タイトルは『年上の女性は嫌い?隣のお姉さんの鍵をもらったボク』『せ~んぱい、今日はどこいくの?え?ここって…うん♡あたしを大人にして♡』あとは…」
「オイダメ教師!なんで知ってる!?」
お宝の在処と内容を暴き始めた彼女に静也は思わず叫んだ。
ダークエルフ、レイン・シチリカはニマニマと笑みを浮かべて静也を見下ろしていた。
「ふふん、大人を舐めるなよ?」
「…………にゃろう」
得意気に鼻を鳴らすレインに静也はジトッとした目を向ける。
「どの辺から俺が起きてるって気付いてたんだよ?」
「ユーツがお前の治療に関してぼやいてた頃だよ」
「ほぼ最初からじゃねーか……なんであんたにはすぐにバレるかなー」
ため息をつきながら静也は気怠げにぼやいた。
「いや何、寝息のリズムが変わったのでね。なんとなく起きてるんじゃないかな、と」
「………勘の良さも反則級かよ。ただでさえアホみたいな戦闘能力してるクセに、天才って人種にはほとほと呆れるわ…」
「ああいやだいやだ」と静也は唸る。
その様子にレインは苦笑したあと、静也に対して諫めるような目を向けた。
「さて、聞いていたんなら、わたしが何を言いたいか分かっているだろう?でなければお前は狸寝入りなんてしない」
「……根拠は?」
返答は分かっているが敢えて促す。
「お前は自分の行動を顧みて、それによる結果を理解していて、その上で反省点を見つけられて、そして面倒くさがり屋だからだ」
「………はいはい、大正解ですよレイン大センセイ」
レインの指摘に静也は諦めたように頭を振った。
「んじゃ、その大先生からのありがたーいお説教を聞きましょうかね」
「ああ、よーく覚えておきなさい。………と言いたいところだが」
「その前にひとつ質問だ」とレインは口にする。
内容を予想しつつ静也は顎をしゃくって続きを促した。
「ユーツの診断で分かったお前の両手足についてだが…他の傷よりも明らかに異なる原因で骨折やヒビが入っていたそうだ。……一体何をした?」
「ああ、やっぱそれか。原因は火事場の馬鹿力だよ」
「……何?」
レインが首をかしげると、静也は自分が自己暗示で脳のリミッターを切った事を説明した。
それを聞いたレインは困ったような、怒ったような微妙な表情を見せる。
「……幾ら才能が無いという自覚があっても、それは良くない」
「なんで?」
静也の質問にレインは十秒ほど黙り込んでから答えた。
「ユーツがな、あんな怪我が常習化するなら…寿命を減らす事に繋がると言っていたんだ」
「………」
レインの言葉に、今度は静也が黙り込む。
「……………んなこた分かってら」
「…ッ」
そして静也は、レインが僅かにたじろぐほどの冷たい目でそう口にした。
「アレは進退窮まった時だけの裏ワザみたいなもんだ。多用するつもりはねーよ」
「…そう、か…」
口ではレインの言葉を受け入れた風だが、目と声色は完全にレインを拒絶している。
有無を言わせぬその様子にレインは、リミッターカットを使うに至った経緯も、何故使った時に嗤うのかも訊くことは出来なかった。
「で、先生よ」
「…ッ、な、なんだ?」
話題が一度切れ、気まずい沈黙が二人の間を支配していたが、それを破るように静也が口火を切る。
しゅんと項垂れていたレインは顔を上げた。
「リミッターカットの話はもういいから、他に言いたいことは?ありがたーいお説教だろ?今後の参考にすっから、な」
「…………あっ、うん!あるぞ!」
にやりと不敵に笑う静也に、レインは彼がもう怒ってないと察して小さな笑みを浮かべた。
「いろいろ言いたいことはあるが、はっきりさせておきたい事は、お前の自己犠牲的すぎるところだ。他を生かす為に、自分が盾になるなど、何を考えているんだっ」
「あー…あん時は、あいつらの頭冷やす目的もあったから、妥当な判断だと思うぞ?」
「む…」
静也の言葉に、レインはアリア達から聞いていた、ケルベロスと戦った際のパーティの状況を思い出す。
恐怖で震える皆と、唯一動けた静也。
確かに状況を聞く限りは、妥当だと言えただろう。
しかし、最善ではない。
「だが、お前は傷ついた」
「それはそれ、これはこれ。五体満足…とは到底言えねーけど、命あっての物種だろうがよ」
レインの言葉に静也はきっぱりと言い放つ。
そんな静也を見てレインは悲しげに目を細めた。
「それでも………わたしの手が届かない所で、生徒が傷付くのは、見たくない」
「…………ぅ」
―――そんな目で見んなよ。
心の中で呟く。
「……………」
「……………」
赤い瞳は黒い瞳から視線を外さない。
黒い瞳は赤い瞳から視線を外せない。
「……………」
「………はぁ」
暫くの間見つめ合い、とうとう静也が折れた。
「分かった。出来るだけ怪我しないように気を付けます」
「うん、よろしい」
ため息と一緒に言葉を吐き出した静也に、レインはよしよしと頭を撫で付けた。
「……って、子供扱いすんなっ」
「ははははは、ムキになる内はお子様だ」
「笑ってんじゃねーよダメ教師ッ!!」
両腕が固定されて動けないのをいいことにレインはかいぐりをやめない。
保健室のじゃれ合いは暫く続いたそうな。
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