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Act25:ギルベルト・ベン・ビルブレストの作戦

や、やっと終わりが見えた…。

『ガァァァァッ!』


「クケケケケケッ、ケケ―――ッ!」


 一方的だった。

 ケルベロスが真ん中の首から氷の塊を吐き出せば、静也はそれを、力任せにぶん殴る。

 それだけで氷塊は砕け散り、それを突っ切って少年の拳がケルベロスの顎にめり込んだ。


「お周りぃぃぃぃぃっ!」


『ギャン!?』


 左フックを叩き込まれた巨狼はゴム毬の様にあっさりと真横に飛ぶ。

 先程の自分を想起したのか、静也は腹を抱えて嗤った。


「ケケックケケケケケッ!どーした駄犬イヌぅ?さっきまでのハシャギっぷりが嘘みてーじゃんよぉ!」


 そう言いながら、静也の追撃は止まらない。

 常人、否、普段の静也でも比べ物にならないスピードでケルベロスを追い抜くと、振り返ってその脇腹に踵落としを食らわせる。


『ギャィン!』


 ケルベロスは一撃で地面にめり込み、悲鳴を上げた。


「クケっ、ケケケケケッ!!!」


 巨狼を踏み付ける少年はケタケタと濁りきった瞳で狂った様に嗤う。

 ―――普通ならば、幾ら静也の怪力でもこれ程の攻撃は不可能だ。

 例え重力の差で身体能力が6倍になったとしても、片手で中型トラックを殴り飛ばせる人間は居ない。

 そう、普通の身体能力ならば。

 凡夫である静也はそれを誰よりも理解していた。

 故に、この方法を選んだ。


 ―――強烈な(・ ・ ・)自己暗示(・ ・ ・ ・)による(・ ・ ・)強制的な(・ ・ ・ ・)リミッター(・ ・ ・ ・ ・)カット(・ ・ ・)を。

 生物の骨格筋とは、本来のポテンシャルの30%程度しか使用していない。

 脳が本能的にそれを抑制しているからだ。

 筋肉が100%の能力を使用すればどうなるか。


 女性でも拳一つで煉瓦れんが塀を粉々に粉砕できる。

 子供でも電話帳を引き裂ける。

 武道の心得のない成人男性が虎を殴り殺せる。


 火事場の馬鹿力と言われるそれらだが、本来それだけの能力がありながら抑制されているのは何故か。

 理由は単純、壊れてしまうからだ。

 過ぎた力は身を滅ぼす。

 本当の全開を出した筋肉は引き千切れ、骨格は反動に耐え切れずに骨折し、関節は衝撃を吸収しきれず砕ける。

 そして静也も、その例にもれない。


「クケケッ!!ケケケケケッ!!!」


 凄惨な嗤いを浮かべる静也の左手はボタボタと血を流しながら、力無くだらりとぶら下がっていた。

 籠手が添え木の代わりになっている為分かりにくいが、下腕の骨はたった二回拳を振るっただけで複雑骨折し、折れた骨が肉を引き裂いて腕から突き出している。

 指の骨は砕けてもう拳を握れない。

 だが、それでも静也は止まらない。


「どうしたぁ?遊んでやるっつっただろ?」


『ギャガガッ!!』


 折れた左腕を更に叩きつける。

 拳は握れずとも、一つ40㎏近い籠手オモリを着けているのだ、威力は然程落ちていない。

 何度も、何度も、何度も叩き込む。


『グギャッ、ガッ、ガルルルルッ!!!』


 痛みに耐えながらケルベロスはその左腕に噛み付いた。

 べぎり、と更に骨が砕ける。


「ケケッ、はーいしどーどーはいどー…どーん!」


『ガァッ!!?』


 鼻歌を歌いながら噛まれた左腕を持ち上げ、腕ごとケルベロスの頭を地面に叩きつけた。

 衝撃で牙が腕から離れる。


「はーいしどーどーはいどーどーん!」


『ギャン!?』


 静也はケルベロスの残った角を右手で掴み上げると、そのまま左の顔にサッカーボールキック。

 べきんと残りの角が根本から圧し折れ、ゴロゴロと巨体が転がった。


「クケケケケケッ!…………3分経ったぞ、枯れ枝ぁ!!」


「誰が枯れ枝だぁっ!!」


 静也が叫ぶと、背後から怒りの声が飛ぶ。

 直後、静也を追い抜くように多数の鉄杭が飛び出した。





 時間は、静也が豹変し、ケルベロスを殴り飛ばした頃に遡る。


「…あれは!?」


「静也…様…!?」


 静也の唐突な豹変に皆は息を呑む。

 少年の普段から昼行灯で飄々とした部分しか見てこなかった五人は、別人の様に荒い口調でゲラゲラと嗤うのを見たことが無かった。

 それだけでも十分に驚愕だというのに、死に体だった彼が先程以上の身体能力を発揮した事に、更に動揺を覚える。


「……………」


 その中でも、ギルベルトは無言を通していた。

 ギルベルトとて、静也の変わり様は十分驚くに値するが、他の四人とは別の部分もちゃんと見ていた。


「あの角…青い血(・ ・ ・)を流した?」


 ケルベロスから流れた血の色。

 静也が背中を殴りつけた時は赤い血(・ ・ ・)が流れていたのだが、今は青い血を流している。

 否、静也の猛攻を受けたケルベロスは、他の傷から赤い血を流している。

 だのに、角に通っている血だけが青かった。


「……………まさか!」


 その事実で、ギルベルトの中のパズルのピースが組み上がる。

 足りなかった歯車がカチリと嵌った。

 次の瞬間、


「クケケケケケッ!…………3分経ったぞ、枯れ枝ぁ!!」


 全てが組み上がったギルベルトの耳に、その言葉が投げられる。


「………サクラ、『土遁隠遁壁』を解除した後、『土遁鉄杭どとんてっくい』を撃て。そしてこれをケルベロスに投げ付けろ」


 そう言うとギルベルトは、バックパックから拳大の布袋を取り出してサクラに渡した。

 中には袋いっぱいの白い粉が詰め込まれている。


「うにゃ?ギルくん…?」


「急げっ、時間との勝負だ!」


「う、うん!」


 叱責されたサクラは『土遁隠遁壁』を解除する。


「誰が枯れ枝だぁっ!!」


「『土遁鉄杭』!!!」


 そしてサクラが魔法を放つと同時にギルベルトは叫んだ。






『グガォッ!?』


 静也の動きにのみ集中し、遠距離攻撃など考えもしなかったケルベロスは、突然現れた鉄杭の雨に一瞬反応が遅れる。

 それが分水嶺となった。


『ギャァァァァッ!!!』


 ケルベロスは後ろに下がるも、鉄杭の数が多すぎて躱しきれず十数本の楔がその身体に打ち込まれ、赤い血が飛沫上げた。

 更にケルベロスの頭上に大量の袋が落ち、鉄杭に引っかかって中の粉が弾けると、巨狼の黒い毛並みに白のコントラストを作りだす。


『グガゥゥゥッ!』


 ケルベロスは粉を振り払おうと身体を揺らすがなかなか落ちない。

 それを見た静也はギルベルトに濁った目を向ける。


「どーだよ枯れ枝チャァン?あの駄犬イヌをブチ殺す算段がついたかぁ?」


「枯れ枝はやめてよ。……キミ、一体何なの?さっきまでとは違い過ぎない?」


「質問に答えろや殺すぞ?クケッ」


 べろりと舌を出して嗤いながら静也がそう言った。目が本気だった。

 本当に別人のようだと背筋を凍らせながら、ギルベルトは言葉を吐く。


「………殺す必要は無いよ。動きを止められればいい。……赤月くん、右手のそれ(・ ・)はあとどれ位撃てる?」


「アァン?……六発だなぁ。運良く暴発しなかったヤツだ」


 ポケットから無事な薬莢の入ったケースを取り出して軽く振る。

 残りのケースが入っている他のポケットからは未だ薄く白煙が上がっていた。


「足りるかぁい?」


「十分だよ。ナナセ、『大津波タイダルウェイブ』だ!」


「命令すんなや!水の力よ、我が意に応え、敵を蹂躙せよ!『大津波タイダルウェイブ』!!!」


 反発心を隠すこと無くナナセは毒づき、魔法を放つ。

 ナナセから出た魔力が周囲に渦巻き、多量の水がケルベロスへと襲いかかった。


『ガルォォォォゥ!?』


 巨狼は水を被ると、痛みに暴れ回る。

 水に触れて粉が溶けた水が傷口に染みたようだ。


「次はボクだ…雷の力よ、我が敵を見よ、我が意思に応えよ…」


 ギルベルトは詠唱を始める。

 その魔法は、ギルベルトが最も得意とする最大魔法。


「その翼は全てを切り裂き、その嘴は全てを貫く…!大雷魔法ヒュージサンダーウィズ・雷鳳翼天翔ライトニングフェニックス』!!!」


『ピギャアアアアアァァァァァァァァッ!!!!』


『グギャォォォォォォッッッ!!!』


 詠唱が終わり、稲妻の怪鳥がケルベロスを襲う。

 そのダメージは、ただ水を被って受けた雷魔法のそれとは比にならない。


「………アァン?」


 静也はその光景に見覚えがあった。

 丁度一ヶ月半前に、これと同じ状況を自分は引き起こした。


「……『ただの水』よりも『電解質()を含んだ水』の方が『電導率が高い』んだよね?」


 そう、たった今雷魔法を放ったギルベルトを対象にして。

 その上で、サクラの放った鉄杭を避雷針として確実に命中する様に仕組んだ徹底ぶり。


「………クケッ!クケケケケケケケケケケッ!」


 自らを陥れた策を利用したギルベルトに、静也は腹を抱えて嗤った。


「笑ってる場合じゃないよ。そろそろ撃つ準備をしておいてくれ。……ウィジス!」


「クケッ。任せなぁ」


 ギルベルトがアリアに指示を飛ばすと同時に、静也は右籠手の弾倉から空薬莢を排莢する。

 右足の上に置いたケースを蹴り上げると中の薬莢が飛び上がり、空中で弾倉に突っ込んで膝で弾倉を戻した。

 その間、アリアが呪文を唱える。


「氷の力よ…我が魔力を以って凍てつかせよ!変質ディトレーション・水魔法アクアウィズ吹雪ブリザード』ぉ!!!」


『ガァ…!』


 筋肉が弛緩してろくに動けないケルベロスは当てられた冷気に抵抗も出来ず、濡れた身体は直ぐ様凍り付いた。

 静也の側に腕の治療をしようとタマキが駆け寄る。


「静也はん傷を…」


「クケッ…」


 しかし静也はタマキの胸ぐらを掴みあげた。


「ッ!?静也はん!?何を…」


「借りるぞキツネェ。傷を治すより早ぇ」


 ぶちりと、タマキの首元で何かが切れる音がする。

 そのまま静也がマントを剥ぎ取り、タマキのあられもない姿が顕に。


「きっ…キャァァァァ!?」


「ちょっ…赤月くん何してんの!?」


「クケケッ!良い声で啼くねぇ」


 悲鳴を上げるタマキにニヤつきながら、静也はマントの留め金に噛み付き、マントの首元を絞る革紐を引き抜いた。

 そしてフック状になった留め金を右籠手の撃鉄に引っ掛ける。


「枯れ枝ぁ。……どこだ(・ ・ ・)?」


 革紐を咥えて引っ張り、撃鉄を上げながら問う。

 ギルベルトはその言葉に目を見開いた。

 静也は(・ ・ ・)気付い(・ ・ ・)ている(・ ・ ・)

 そう確信するのに十分だった。


「………額だ!角が生えていた所!」


「だろーなぁ!!」


 言葉と同時に静也は走る。

 ケルベロスの眼前で跳躍し真ん中の首に取り付いた。


『ガルルルルッ!!!』


「大人しくしろやクソ駄犬イヌがぁ!!」


 激しく頭を振る巨狼に静也は右拳を叩きつける。

 轟音が全員の耳をつんざき、ケルベロスの眉間に衝撃が走った。


『ギャァァァァッ!!!!』


「次ィィィィィ!!!」


 悲鳴を上げるケルベロス。

 静也は噛んだ革紐で再び撃鉄を上げ、ゼロ距離で右拳を押し付ける。

 轟音。


『グギャォォォォォォッッッ!!!!』


「三つゥゥゥゥゥ!!!!」


 更に激しく暴れるケルベロスだが静也は離れない。

 三度目の轟音。


『グギギギガガォォォォォォォッッ!!!』


「四つゥゥゥゥゥ!!!!!!」


 頭を振り回す力が弱まった。

 四発目。


『ガガッ…グルゥッ…!』


「五つゥゥアアアァァァ!!!!!!!」


 遂に動きが止まった。

 五発目。


『グゥゥン…!』


「ラァァァァァストォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 力無く頭を伏せるケルベロスに静也は残った一発を放つ。

 全力で振り下ろした拳は、衝撃が脳の深部に到達し、地面を穿った。






「ハァー…!ハァー…!ハァー…!ハァー…!」


 額から青い血を流しているケルベロスの頭の上で静也は力無く座り込み、荒い息を吐いている。

 全ての弾丸を撃ち切った右腕は、元よりボロボロの左腕よりもひどい状態だった。

 内出血を起こした腕は溜まった血が破裂して見るも無残なものだ。

 震える右腕で静也は自分の目元に手を当てる。


「…………………た」


 ナニカを呟いて、かくんと顔を伏せた。

 数秒の時間が流れる。


「…………はぁ。つ……疲れたッ…!」


 顔を上げると、その顔は既にいつもの表情に戻っていた。

 半眼でユルい表情の少年はよっこらせとケルベロスの頭から下りる。


「さて、次は…」


「静也はんのアホ―――――――――――ッッッ!!!!」


「なんかデジャヴッッ!?」


 直後、肌蹴た服を必死で隠すタマキに引っ叩かれた。


「……た、タマキさん。俺一応重症人ですよ?」


「そんなん関係あらへんもん!」


 もんじゃねーよ。

 四度目のもみじをこさえた静也は内心で呟いた。

三科の天才は伊達じゃない。

それにしても、この章でやたらエロい目に遭うタマキさんェ…。

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