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Act21:豚の行軍《オーク・レギオン》

不憫な男衆。

「『水球』」


「ブッ!?」


 ゴーレムの死体を押しのけた静也の頭上に水が落ちる。

 先程と同じくナナセが魔法で水を落としたのだ。


「……前置き位してくれよ」


「なはは、汚れたまんまやと不衛生やと思て」


「そうだけどさ…」


 悪びれないナナセに静也も眉間にしわを寄せて苦笑する。

 その横でアリアが自分のバックパックから手ぬぐいを取り出し、静也に手渡した。


「はい、静也様」


「あ、うん。ありがとうアリアさん」


 静也は左手でそれを受け取り、手早く身体を拭きあげる。

 レインの用意した訓練着は意外に水切れや撥水性も高く、汚れも良くはじいてくれた。

 恐らく長期の旅を想定したものだと静也は考えている。


「………ッ」


 左手で手ぬぐいを渡した後、静也は微妙に顔を全員から逸らして歯を軋ませた。


「それにしても、赤月くんの最後の一撃は凄かったな」


「ッ、あ、ああ。俺が戦う手段は今のところ腕っ節しか無いからね。その辺りを底上げする必要があったんだよ」


 ギルベルトに話しかけられた静也は取り繕うように笑みを貼り付ける。


「ウチもあの右籠手を見たんどすけど、次から次にハイオークが吹き飛んで凄かったんどすえ」


「……ああ、せやから頭吹っ飛んどる死体もあったんやね」


 その後ろでタマキが静也の戦いを説明していた。

 それを横目にしながら、震える右手(・ ・ ・ ・ ・)を力を入れて握りこむ。


「(……大丈夫。まだ、動く)」


 試作品だったことの弊害か、と静也は忌々しげに心中呟いた。

 グラールに製作してもらった右籠手、『爆裂籠手エクスプロードナックル』。

 リラオード(地球)にある杭打ち機(パイルバンカー)回転弾倉式拳銃リボルバーガンから着想を得た近接戦闘用の武器だ。

 籠手に付けた弾倉に弾頭のない薬莢を込め、撃鉄を上げて殴る。

 単純な機構ながら威力は先程の戦闘から折り紙つき。

 手に直接(まと)うものなので奪われることも無い上、奪われたとしても反動が凄まじいのでそうそう使いこなせる者も居ないだろうとこの武器を選んだ。

 判断自体は間違ってはいなかっただろう。

 しかし、唯一思惑から外れたとすれば。


「(………俺自身が、あまり反動に耐えられねーって所か)」


 未だに震える右手を一瞥して口内で舌打つ。

 ナナセ達との合流直前、ハイオーク達に叩き込んだ分で六発、そしてゴーレムへのトドメで七発目。

 たった七発で指先から肘に掛けてがひどく痺れていた。


「(ってあと五発、この弾倉を撃ち切る頃には攻略出来りゃいいが…)」


 そうは問屋がおろさないだろう。

 ゴーレムでさえあれほど手こずったのだ、この先も危険が付き纏う。


「……さあ、折角合流したんだ。先に進もうぜ」


 ミスリルロッドを回収して皆に背を向け、静也は奥へと進み始める。

 パーティは慌てて静也を追いかけた。







「……ってやっぱそう簡単に行かねーよなぁ!!」


『ブギャッ…!』


 静也が鉤爪付きの跳び膝蹴りで、ハイオークの顎を抉りながら吠える。

 左足でハイオークの胸を蹴ると、そのまま下顎を頭部から引っこ抜いた。

 跳躍の勢いで背後の個体にローリングソバットを叩き込み、着地の際に両手を付いて右足で足払いを掛ける。

 払った右足を軸にして身体を反転させ、バランスを崩して転んだ1体に踵落としで頭を潰した。


『ブギャァァ!!』


「っぶねっ…!」


 首元を狙った大剣を飛び起きて躱し、バク宙で下手豚の真上に跳ぶと、頭を両膝で挟み込んでそのままねじり折る。


「ッ!ギルベルト伏せろ!」


「え、うわっ!?」


 死体の持っていた大剣を持って走り、ギルベルトの背後から斧を振り上げた個体の土手っ腹を、バッティングスイングで斬り裂いた。

 力任せに真っ二つにされたハイオークは一撃で絶命し、ピクピクと痙攣している。

 振り抜いた勢いで大剣から手を離すと、運良く別の1体の顔面に突き刺さった。


「……クソッ、一向に数が減らない…」


「文句言う暇があったら魔力練ろ。モヤシっ子」


「解ってるよ!」


 背中合わせでそんな会話をした後、二人は己の前を睨む。

 六人の周りには多数のハイオーク達がひしめき合っていた。


「この状況、陵辱モノなら俺ら二人が死ぬパターンだなー」


「いやキミ何不吉なこと言ってるんだい!?っていうか陵辱モノって何!?」


 下らない軽口を叩く静也にギルベルトがツッコミを入れる。

 その言葉に静也は若干意地の悪い笑みを浮かべた。


「気になるか思春期少年?」


「意味分かんないけどすっごい貶められてるよねボク!?」


 静也の笑い声から何となく意味を察した思春期少年ギルベルトは顔を赤くしながら叫んだ。


「ジョークだ、ジョーク。真に受けんなよ。第一…」


 クツクツと笑いながら静也は女性陣に目を向ける。


「『水茨アクアローズ』!」


「『吹雪ブリザード』!」


「『土遁鉄爪牙どとんてっそうが』!」


「『狐火十連きつねびじゅうれん』!」


『ブギャァァァ!!』


「……あんな連中に、あいつらをどうこうできるとは思えないしな」


 視線の先では、少女達が情け無用にハイオークを蹂躙していた。

 ナナセが生み出した水の茨をアリアが凍りつかせ、出来た氷の茨がハイオーク達を締め上げると、茨の棘を食い込ませて次々と引き裂いていく。

 サクラが放った鉄製の三日月刃がタマキの炎に当てられれば一瞬で赤熱化し、熱を持った刃で瞬く間にハイオーク達を叉焼チャーシューにしていった。


「やっぱ、尖った能力が掛け合わさると強いねぇ。つーかみんなエグいエグい。一特科四人娘なんて呼ばれてるのも納得だわ。………………で、どーよお坊ちゃん?」


「………なんでボクに訊くの?」


「や、今までバカにしてた連中と好きな人の実力を目の当たりにした感想をば」


 豚面にハイキックを叩き込む静也が問えば、複数の個体に小さめの雷鳥をぶつけるギルベルトは少し考える素振りを見せ、答えた。


「………あいつらが本気でボクを潰しにかからないで良かった。あとサクラの実力は以前から知っていた」


「あ、やっぱサクラのこと意識はしてたのね。………つーかお前もそう思うか。下手な器用貧乏よりよっぽどチートだなあいつら」


 青い顔をしながら二人で苦笑した。


「…さて、このままじゃ埒が明かないし、あの手で行きますかね。……サクラっ!球体ドーム複合チョバム!」


「ッ!『土遁球壁どとんきゅうへき』!」


 縦横無尽に跳び回ってオーク共を撹乱していたサクラは、静也の言葉を聞いてすぐさま着地して小太刀を打ち鳴らす。

 すると六人ひとりひとりの周囲の地面が隆起し、半球状のドームが展開された。


「そんじゃあなオーク(ブタ)共。ケツ穴やら鼻の穴やら増やしてろ」


 ドームに完全に覆われる直前、静也はそう呟いて何かを放り投げる。


 ―――――――ッッッッッ!!!!


『ブギャァァァ!?』『ブギッ…!』『ピギュゥゥゥゥ!!!』


 次の瞬間、轟音と共にハイオーク達が吹き飛んだ。

 静也の真上から起きた爆発を中心に何かが全方位に飛び出して粗雑な革鎧を引き裂き、皮膚を裂き、肉を貫く。

 静也達が隠れるドームにも同様に突き刺さったが、強固な石壁を貫く程ではない。

 否、サクラが『貫けない構造にした』のだ。

 静也の籠手にも使われている複合装甲チョバム・アーマーの構造をサクラが模倣し、同じ魔力量でもかなりの強度を持つ防御壁を作り出していた。

 爆発が収まり、皆を守護していた土壁が崩れ去ると、静也達はその惨状を目の当たりにする。


「………大成功、だ」


 ニヤリと笑って静也はバックパックからソフトボール大の布袋を取り出した。

 袋の口は針金を芯にして中に火薬を仕込んだ太い導火線が括ってあり、袋の中には火薬と釘を詰めている。

 手に持っていたのは即席の手榴弾だった。

 静也はこれと同様の物を導火線に火を点けて放り投げたのだ。


「…………こんな手段を容易に思いつくキミのほうが反則チートじゃないの?」


 呆れた様子のギルベルトに対し『何言ってんだ』と静也。


「こんなもん、火薬と陶器の破片やら釘やらあれば誰でも作れ」


「こンのどアホゥ!」


「んがっ!?ひぱ()っ!ひぱ()がぁぁぁぁ!!!」


 突然後頭部を襲った衝撃に静也は舌を噛んだ。

 口元を押さえてしばらくのたうち回った後、自分を引っ叩いたナナセを睨みつける。


いふぇぇな(痛ぇな)はにすんが(何すんだ)!」


「じゃかしぃ!いきなり何するはこっちのセリフや!」


 うがー!とナナセは静也を怒鳴りつけた。


「いきなり目の前真っ暗になるわ、爆発音が響くわ、びっくりしたやないか!」


「………いや、前もって指示飛ばしたろ、サクラに」


 「サクラにやろ!?」とナナセ。

 静也の行動が完全な作戦外アドリブだったのでひどく驚いたらしい。


「うにゃぁ…ナナセちゃん、落ち着いて…」


「サクラもサクラや!いつの間に指示の打ち合わせしとんねん!」


「昨日だけど」「昨日ですけど…」


 ほぼ同時に二人は答えた。

 静也は迷宮攻略の前日、パーティの中で火薬戦法と最も相性の良い大地魔法使いのサクラと、二人で簡単な暗号指示を磨り合わせていたのである。

 その時静也はまだ知らなかったが、サクラは隠密や斥候を得意とする忍だったため、こういった暗号の類の飲み込みも早かった。


「………静也様?」


「あん?」


 事情を説明していた静也の背後から声が掛かる。

 振り向くと、アリアがじとりと静也を見ていた。


「……………昨日、サクラちゃんと打ち合わせていたのですか?」


「(あ、ヤベ。アリアさんにゃ言っときゃ良かった)」


 「地雷踏んだ」と静也は目を細める。


「ごめんごめん、言う暇が無かったんだよ。急に思いついたもんだからさ」


「…………そうですか」


「(…………ホント、めんどくせーだな)」


 やれやれと静也は頭を振った。





 十数分後。

 順調に歩を進めていた静也達だったが、ナナセの腹の虫が自己主張を始めたので一旦休憩を取ることになった。


「ぎゃぁぁぁ!!ギブギブ!折れるぅぅぅぅ!!」


「ワーン、ツーぅ、スリーぃ」


 静也に逆エビ固めを掛けられるギルベルトの悲鳴をBGMにして。

 先程の宣言通り、静也は関節技の満漢全席サブミッション・フルコースをギルベルトにお見舞いしている。


「アーカーツーキー駱駝キャメェェェル(巻き舌気味)」


「ぎゃあああぁぁぁ!!」


「ぎ、ギルくんしっかり!膝で隙間を作って!」


「無理ィィィィィ!?」


 キャメルクラッチを掛けられるギルベルトを必死で応援するサクラ。

 その様子を見ながら他の三人は乾パンを齧っている。


「……なんや、普段のギルベルトとは大違いやな」


「ああして見ると、普通の15歳どすなぁ」


 ナナセとタマキが二人のやりとりを見てそう口にした。

 普段は気障ったらしいギルベルトが、今はこうして静也とじゃれていることに少なからず驚いている。


「アーカーツーキー十字クロォォォス(巻き舌気味)」


「極まってる!しっかり極まってるよ赤月くんんんん!!!助けてサクラァァァ!」


「ギルくううううん!」


「………というか、いつの間にかサクラちゃんの名前を呼んでますね。ビルブレストくん」


 腕ひしぎ十字固めを掛けられている様を見たアリアが、首を傾げながらそう口にした。

 そう、いつの間にか、本当にいつの間にかギルベルトがサクラへの無視をやめていた。


「女に助けを求めるなんぞみっともねーなー。アーカーツーキーロメェェェロォォォ(巻き舌気味)」


「というかさっきからなんなのその巻き舌って肩と膝ぎゃあああぁぁぁ!!!」


 ロメロスペシャルを完璧に極められたギルベルトの悲痛な声が響く。


「ギルくうううううううううん!!!!!」


 それと同じ位の音量でサクラの悲鳴が響き渡った。






「あん?ギルベルトがサクラに普通に接するようになった理由?」


 水筒の水をがぶ飲みする静也にアリア達は何気なく質問を投げてみる。

 無論、ギルベルトの変化の理由だ。


「せや、どんな手品使ったんや?」


「手品て。そんな大層なもん使ってねーよ」


 静也はそう言い、片目を瞑って肩をすくめる。

 視線の先には痙攣しながら倒れ伏すギルベルトとそれを介抱するサクラの姿があった。


「男って生き物は意外と単純バカだからな。この一ヶ月半、一緒に勉強してたって下地と吊り橋効果の相乗効果さ」


「…………吊り橋効果?」


 聞き慣れない単語に三人は同時に首を傾げる。

 「ま、知らないわな」と静也は苦笑した。


「不安や恐怖を感じた時の動悸を、無意識に『異性に対する恋愛感情』とすり替えちまう現象の事だよ。別名フラグ建築」


「…………旗?」


 意味が分からなかった三人は反対方向に首を傾げた。


「分かりやすい例を挙げようか。………タマキ」


「はい…?」


 返事をしたタマキに静也はにこりと微笑む。


「俺があのオーク(ブタ)からタマキを助けたよな?」


「はい」


「その時に多少なりトキメイてたら、そりゃ勘違いだ。夢は見ないことだね」


「!!!」


 その言葉を受けた瞬間、ぼ、とタマキの顔が真っ赤に染まった。

 驚く二人を尻目に意地悪く笑っている静也は言葉を続ける。


「とまあこんな具合に、サクラが元々好きな人だったって状況はちょっと違うけど、一蓮托生であのデカブツを倒したんだ。印象自体は大きく変わ」


「静也はんのアホ――――――ッ!!」


 スパァ――――ン!という小気味良い乾いた音。


「なんでっ!?」


 タマキにスナップの効いたビンタで左頬を張られた静也は三回転半トリプルアクセルで地面に沈んだ。


「………あんたが悪い」


 追撃しようとするタマキを羽交い絞めにしながら冷たい目で、ナナセが一言。


「……目を覚まさせただけなのに……ガクッ」


 合掌。

フラグクラッシャー。

真面目で頭の回転が速い静也ですが、根っこの部分はアホです。

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