5.ざわめく風と森の違和感
「——というわけで、王都近郊の『ルピナの森』の定期調査だ」
ギルド『アムネシア』のカウンターで、マスターのオスカーが羊皮紙の依頼書を差し出した。
束ねた赤髪を揺らし、琥珀色の瞳を少しだけ細めている。
「あそこは『タマラビィ』くらいしかいねぇ平和な森だ。普段なら新人用の依頼だが……最近、王都周辺で妙な気配が重なっている。念のための調査だ。ライ、お嬢をしっかり頼んだぞ」
「グルルッ」と胸を張るライの横で、アレクシアは依頼書を受け取り頷いた。
タマラビィとは、大きな耳と丸い体が特徴の、ウサギに似た完全に無害な小魔物だ。
人前に姿を現すことも滅多になく、本来なら危険など一切ない森のはずだった。
「はい、行ってきます——」
「ちょっと待ってほしい、アレクシア」
ギルドの扉が開き、聞き覚えのある爽やかな声が響いた。
振り返ると、そこには私察用の軽装に身を包んだ風の騎士団長——フレッドが立っていた。
「フレッド様……? どうしてここに……」
「王都周辺の治安維持のための巡回だよ。……それで、ちょうど君が森の調査に向かうと聞こえたんだが、俺も同行させてもらえないだろうか?」
「えっ……!?」
思いがけない申し出に、アレクシアはパチパチと目を丸くした。
「そんな、ダメですよ! 騎士団長様が冒険者の個人的な依頼についてくるなんておかしいです! そもそもギルドの仕事に部外者をお連れするわけには……!」
「部外者ではないさ。『騎士団とギルドの合同巡察』という形式にすれば何の問題もない」
爽やかな笑顔で事も無げに言い放つフレッドに、アレクシアは眉をひそめて抗議する。
「ですがっ……わざわざフレッド様のお手を煩わせるような危険な森ではありませんし……!」
「……心配なんだよ」
「え……?」
不意にフレッドのトーンが柔らかくなり、まっすぐな澄んだ瞳がアレクシアを見つめた。
耳の先端をほんのり赤く染めながら、彼は少し困ったように笑う。
「どれだけ安全な場所だと分かっていても、君が一人で向かうと聞くと……どうしても気になってしまってね。……ついていっては、迷惑かな?」
さらりと、けれど一切の飾りのない素直な本音。
あまりにも真っ直ぐな言葉に、アレクシアの顔は一瞬でリンゴのように真っ赤になった。
「っ……め、迷惑とか、そういうことじゃなくて……っ!」
しどろもどろになるアレクシアの横で、相棒のライが「ふっ……」と呆れたように鼻を鳴らす。
カウンターの奥では、オスカーが琥珀色の瞳を面白そうに輝かせ、煙草をくわえながら豪快に笑った。
「ハハハ! いいじゃねぇかアレクシア。騎士団長様がタダで用心棒になってくれるってんだ、連れていけ連れていけ!」
「マスターまで……!」
結局、オスカーのひと押しとフレッドの譲らない笑顔に押し切られる形で、アレクシアは彼を連れて森へ向かう羽目になったのだった。




