閑話.言葉を持たぬ相棒の誓い
銀灰色の毛並みを打つ風は、花咲く王都レマニアの甘い香りを運んでくる。
「ライ、あっちの路地から迂回しよう。あそこなら人通りも少ないし」
隣を歩く少女——アレクシアが、隣を歩く俺の首元を優しく撫でた。
宝石のように澄んだ青い瞳と、揺れる銀髪。
その指先から伝わってくるのは、ほんの少しだけ冷たい、だけど俺にとって世界で一番温かい気配だ。
俺たちナグラヴォルフは、人のように言葉を喋ることはできない。
だが、誰よりも繊細に「理」を感じ取ることができる。
この街の人々が使う魔法は、温かく、巡り、波打つ「動」の気配だ。
アレクシアが普段見せる「水魔法」も、一見すれば周りの魔法使いと同じように流れる水に見える。だが、俺には分かっていた。
彼女の肌の奥、その心の底から滲み出る力が、世界の時間を一瞬で静止させるほどに澄み渡った「静」の冷気であることを。
(——あの日から、ずっと変わらない)
俺の鼻腔には、今でもあの日の匂いが鮮明に残っている。
血と鉄の嫌な臭い。檻の冷たさ。
そして、俺を庇って息絶えた母さんの最後の唸り声。
絶望に打ちひしがれ、世界すべてを噛み殺したかった幼い俺を抱きしめたのは、小さく震える十二歳のアレクシアだった。
『ごめんね……ごめんね……。一緒に行こう』
彼女の胸から伝わってきた冷気は、傷ついた俺の身体を癒やし、狂いそうだった心を静かに包み込んでくれた。
世間はそれを「忌むべき禁忌の力」と呼ぶのかもしれない。
だが、俺にとってあの冷気は、絶望の淵から救い出してくれた希望の温もりそのものだった。
「グルゥ……」
喉を鳴らしてアレクシアの手のひらに鼻先を押し付けると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「ふふ、どうしたの? お腹減った? ギルドに戻ったら、マスターに特大のお肉ねだろうね」
彼女は笑っている。
けれど、その瞳の奥には時折、幼い頃から抱え続けてきた「隠し通さねばならない」という孤独の影が落ちる。
前衛で敵の攻撃を遮る土の壁になり、後衛で水魔法を装う彼女の背中を守る。
それが、俺の生きる理由だ。
誰にも言えない秘密も、世界から抹消された過去も、すべて俺が一緒に背負う。
彼女がその冷たい魔法で自分自身を傷つけそうになった時は、俺がこの毛並みで抱きしめて温めてやるのだと、あの日に死んだ母さんと自分自身に誓った。
路地裏を抜けると、光あふれる大通りに出た。
コンフェデラの国花であるエーデルヴァイスの花びらが、風に乗って舞っている。
(お前の背中は、死んでも渡さない)
俺は銀灰色の尾を小さく振り、誇り高く前を見据えて、大切な相棒の先頭を歩き始めた。




