閑話.騎士団長の不意打ち
王都レマニアの夜は、昼の可憐な姿とは一変して賑やかな熱気に包まれる。
石畳の路地に灯るランプの光と、あちこちの酒場から漏れ出る歓声。
「いやー、今日の捜索クエストは骨が折れたね。アレクシア、お疲れ」
「ふふ、本当にね。無事に終わってよかった」
任務を終えたアレクシアは、ギルド仲間の男と二人、路地裏にある馴染みの酒場の扉を押した。
木造の温かみのある店内は満席に近い賑わいを見せていたが、奥の大きな丸テーブルが一際賑やかで、威勢の良い笑い声が響いている。
そこにいたのは、騎士団の制服を着崩した若い男たち——と、その中心で苦笑いを浮かべてジョッキを傾ける金髪の青年だった。
「あ……フレッド様?」
アレクシアが思わず声を漏らすと、その視線に気づいたフレッドがぱっと顔を上げた。
青い瞳が一瞬丸くなり、次の瞬間にはアレクシア——そして、彼女の隣に立つ若い男へと注がれた。
「アレクシア……? こんな夜遅くに、どうしてここに」
フレッドの問いかけに、隣の仲間が「いやあ、騎士団長様じゃないですか」と軽やかに手を振る。
「今日、無事に任務が終わったんでね。アレクシアと二人で打ち上げですよ」
「……二人で?」
フレッドの眉が、ほんのミリ単位で動いた。
普段の爽やかな笑顔の奥に、ほんの微かな「不機嫌」の影が差す。
フレッドのわずかな変化を、酒の入った騎士団員たちが見逃すはずもなかった。
「おやぁ~? 団長、急に顔が引きつってません?」
「『今日は新人との親睦会だから仕事の話はナシだ!』って言ってたのに、目が完全に巡察中の鋭さになってますよ!」
「もしかして団長~、アレクシアさんが他の男と二人っきりで飲みに来て嫉妬してたりします~!?」
「おい、お前たち飲み過ぎだ。静かにしなさい」
フレッドはいつもの穏やかなトーンで制しようとするが、耳の先端がわずかに赤いのは隠しきれていない。
騎士団員たちは「ひゅ~!」「団長が赤くなった!」「風の魔法使いなのに顔に火がついてるぞー!」と大盛り上がりだ。
「もう……みんな酔っ払いすぎ」
真っ赤になって呆れるアレクシアの姿を見て、フレッドは小さく溜息をつくと、席を立ち上がった。
そして、すっとアレクシアとその仲間の間に割って入るように立つ。
「……少し羽目を外しすぎたようだね。アレクシア、変なところを見せた」
「いえ、フレッド様が部下の方々に慕われているのがよく分かって……ちょっとほっこりしました」
アレクシアがくすりと微笑むと、フレッドは少し困ったように前髪をかき上げた。
そして、彼女の隣にいる男へと向き直り、爽やかだがどこか圧のある笑顔を向ける。
「君、アレクシアを無事に家まで送るのが君の役目なら、あまり遅くならないようにね。……何かあったら、俺が黙っていないから」
「げ、騎士団長直々の圧……! わかりましたよ、一杯飲んだらすぐ送り届けますって!」
男が降参するように両手を上げると、周りの騎士団員たちから「団長、職権乱用だぞー!」「大人の余裕が消えてるぞー!」と再び野次が飛んだ。
「……まったく」
フレッドはアレクシアに向き直ると、周りには聞こえないような低い声で、そっと耳元に囁いた。
「今度は……俺とも飲みに行ってくれるかい? 二人だけで」
「え……?」
不意打ちのようなお誘いに、アレクシアの瞳が大きく揺れる。
フレッドは満足そうに微笑むと、「じゃあ、良い夜を」と言い残し、冷やかす部下たちの首根っこを掴んで自席へと戻っていった。
手元に残された冷たいジュースを握りしめながら、アレクシアは自分の顔が、さっきのフレッド以上に熱くなっていることに気づいていなかった。




