16.野性の直感
ギルド『アムネシア』の酒場。
朝の陽光が差し込む中で、アレクシアは相棒の銀灰色狼・ライの毛並みを優しくブラッシングしていた。
いつもならアレクシアの手の温もりに気持ちよさそうに目を細めるライだったが、今日の様子はどこかおかしかった。
低い唸り声。逆立った背中の毛。
ライの黄金色の瞳は、鋭く一点だけを射抜いている。
その視線の先にいるのは——カウンターでグラスを磨いているリックだった。
「どうしたの、ライ……? 大丈夫だよ、リックだよ?」
アレクシアが宥めるように耳の後ろを撫でるが、ライの警戒心は解けない。
それどころか、リックが歩み寄ってくるにつれて、ライはアレクシアを背中に庇うように前に躍り出ると、「ガルル……ッ!」と牙を剥き出しにして威嚇した。
「おっと……激しい歓迎だな」
リックは困ったように両手を上げ、苦笑いを浮かべながら足を止めた。
「どうしたんだいライ、俺の顔に何か付いてるか? 一緒にクエストをこなした仲だろ?」
「ごめんね、リック! ライ、ダメでしょ! いつもはこんなことないのに……何か嫌な匂いでもしたのかな?」
焦ってライを制止するアレクシア。
ライはアレクシアに窘められると、悔しそうに「クゥン……」と小さな声を漏らしながらも、絶対にリックから目を逸らそうとはしなかった。
(……ちッ。野性の獣ってのは勘が鋭くて嫌になるな)
リックは親しみやすい笑みを顔に貼り付けたまま、心の中で冷ややかに舌を打った。
右目を隠す前髪の奥。
魔導の眼【透視】が、ライの身体構造と魔力の流れを冷酷に観察する。
(アレクシアの護衛役であり、最高の足……。戦力としても、監視の邪魔としても、あの狼は真っ先に削っておく必要があるな)
「はは、気にしないでくれよアレクシア。俺、今日ちょっと強い薬草の買い出しに行ってきたから、その匂いが嫌だったのかもな」
「あ……そうだったんだ。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「いいっていいって。……あ、そうだ。マスターから頼まれてたんだが、王都の東街道の巡回クエスト、アレクシアと一緒に頼めるか? 最近、不審な魔物の目撃情報が増えてるらしくてさ」
リックは爽やかな笑みで、自然な動作でアレクシアをギルドの外へと連れ出そうとする。
アレクシアを「守る者」であるライとフレッド。その防衛網を内側から崩すため、リックの冷徹な罠が静かに動き始めていた——。




