13.白銀の禁忌
「——なるほどな。王都の水路で見つかった監視結晶と、襲撃してきたオーマント……」
ギルド『アムネシア』のマスター室。
オスカーは煙草の煙をゆっくりと紫煙の中にくゆらせ、灰皿に灰を落としながら言葉を続けた。
「回収した結晶の残渣と水脈の魔力を解析したんだが、あの魔物たちは王都内で生み出されたものじゃない。結晶を通じて、外部から巨大な魔力が送信され、水路の魔力を励起させて発生させられていた痕跡が残っていた」
「外部から……? では、その魔力の送信元がどこにあるか判明したのですか?」
フレッドが身を乗り出すと、オスカーは短くなった煙草を指で挟み、地図の一点を示した。
「ああ。魔力の波長を辿った結果、送信元は——『ルピナの森の深部』だ。あそこに魔力を増幅し、王都へ送り込んでいる元詰めの仕掛けがあるはずだ」
「元の元凶を叩かない限り、また王都が狙われるということですね」
「そういうことだ。だが、森の深部は木々が立ち込み、入り組んでいる」
「それなら、俺に任せてくれよ」
手入れを終えた短剣を鞘に納め、リックが親しみやすい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「森の深部の捜索ならお手の物だ。あそこらへんの裏道や地形なら頭に入ってる。俺が案内するぜ」
「助かるよ、リック。精鋭で向かおう」
こうしてフレッド、アレクシア、ライ、そしてリックの4人は、元凶を断つべく静まり返るルピナの森へと踏み込んだ。
木漏れ日が届かない森の深部は、不気味なほど静まり返っていた。
「おかしいな……魔力の反応はこの先のはずだが、気配が少なすぎる」
先頭を行くリックが足を止めた、次の瞬間だった。
グワッ……!
地面に突如として魔法陣が現れて鈍い光を放ち、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。強力な空間遮断の障壁が立ち上がり、二人を分断するように立ち塞がる。
「キャッ……!?」
「ウォンッ! ガルルッ……!」
間一髪のところで外側へ弾き飛ばされたライが、障壁越しに激しく吠え立て、鋭い爪で必死に透明な壁をガリガリと引っかいた。
「くっ、トラップか!? リック、ライ、無事か!?」
「フレッド団長! そっちへ行けねぇ、障壁が硬すぎて傷一つ付かねぇんだ……っ!」
障壁の向こうでリックの声が遠ざかる。
だが、焦る余裕すら与えられなかった。
アレクシアたちの目の前の空間が裂け、地響きと共に不気味な異形がその姿を現したのだ。
「ギィ……ギギギ……ッ!」
そこに立ち塞がったのは、二人も見たことがない恐ろしい存在だった。
生き物の肉体ではなく、どす黒く歪んだ鉄と影で組み立てられた、まるで人工の傀儡のような巨体。
心臓の鼓動も生き物の匂いすらなく、ただ殺意と冷酷な魔力だけを叩き出す「不気味な鉄の異形」だった。
「アレクシア、俺の後ろへ!」
フレッドが即座に剣を抜き、鋭い風の刃を叩き込む。しかし、極限まで固められた鉄と闇の肉体は風を易々と弾き返し、火花を散らすだけだった。
「ガアッ!」
重厚な鉄の巨腕が一閃し、フレッドの身体が激しく吹き飛ばされる。
大樹に叩きつけられ、鮮血が舞った。
「フレッド様——っ!?」
「く……っ、まだだ……! 君には……指一本触れさせない……!」
フレッドは途切れそうな意識の中、血を流しながらも立ち上がり、剣を構えてアレクシアの前に立ちはだかる。しかし、膝がガクガクと震えていた。異形の容赦ない無機質な鉄拳が、無防備なフレッドの頭上から振り下ろされようとする。
(嫌……! フレッド様が……死んでしまう……!)
脳裏をよぎる恐怖。
水魔法ではあの巨大な鉄の塊を止められない。
手加減している猶予など一瞬すらない。
正体がバレる恐怖も、歴史の禁忌であることも、自分の身体が蝕まれる未来も——フレッドの命と天秤にかけられるものなど、何一つなかった。
「……やめてえええええええっ!!」
アレクシアが叫び、両手を強く突き出した。
その瞬間、世界の「音」が消えた。
胸の奥から溢れ出したのは、穏やかな水などではない。あらゆる生命と物質の巡りを一瞬で停止させる、苛烈で美しい古代の冷気——。
「——白雪!」
不協和音と共に、蒼白い極寒の風が吹き荒れた。
吹き荒れた冷気は瞬く間に異形の鉄の体を足元から頭頂まで包み込み、熱を失った鉄ごと「一瞬で完璧な氷漬け」にした。
メリメリ、キンッ……と、極低温によって金属の構造すら凍てつく不気味な音が響く。
次の瞬間、超低温で脆くなった鉄の巨体は一粒の音も立てず、美しい氷の結晶と共に脆く弾け飛び、粉々に砕け散った。
「ハァ……ハァ……っ!」
しんと静まり返った森の中。
アレクシアの指先からは青白い冷気が揺らめき、足元の草花は結晶となって白く凍りついていた。
「な……に、が……」
血を流して膝をついたまま、フレッドが絶句していた。
風や水の魔法ではない。世界の理すら止めてしまう、失われたはずの『古代の氷魔法』。
「アレクシア……君、は……?」
困惑と衝撃に満ちたフレッドの瞳が、青く輝く冷気を纏うアレクシアを見つめている。
隠し続けてきた最大の秘密。
それがいま、最愛の人の前で暴かれてしまったのだ。
アレクシアは溢れ出る涙を堪えきれず、震える手で胸を抱えた。
——しかし。
二人が衝撃と絶望に言葉を失っていた、まさにその時。
立ち込める暗がりの中より、「何者かの冷ややかな視線」が、凍りついた光景とアレクシアの姿をじっと見つめていた。
秘密を解き放った代償は、まだ始まったばかりだった——。




