11.仕掛けられた「芽」
「……これは、映像と音声を記録し、特定の場所へ送信するための魔導具ですね」
現場に駆けつけた騎士団の痕跡調査班——その術師の発した言葉に、フレッドとアレクシアは息を呑んだ。
アレクシアが繊細な水魔法で包み込み、安全に回収した黒い結晶。
ルピナの森で発見された魔物を凶暴化させる触媒とは異なり、それは王都の様子を盗み見るための「監視の芽」だったのだ。
「監視……! では、パトロールの死角が破られていたのも……」
「ああ。これを使って、俺たちの動きや警戒ルートを事前に把握していたんだろう」
フレッドが苦々しい顔で呟く。
敵はただ乱暴に牙を剥いているのではない。
王都の内部から、着実に張り巡らせた網を狭めてきていたのだ。
「手口が巧妙化しているな。騎士団の捜査網だけじゃ、目が届かない場所もあるかもしれない」
そこへ、軽やかな足音が近づいてきた。
「よお、フレッド団長にアレクシア。マスターから話を聞いて駆けつけたぜ」
現れたのは、一年前からギルド『アムネシア』に身を寄せている青年——リックだった。
片目が隠れるほど斜めに流したアシメの黒髪の隙間から、印象的な赤い瞳が覗いている。
魔法の使えない孤児出身でありながら、鋭い身軽さと剣術、そして卓越した観察眼で数々のクエストをこなしてきた凄腕の冒険者だ。
「リックさん! マスターが呼んでくださったのですか?」
「ああ。『騎士団だけに任せておくと手が足りねぇだろ』ってな。俺の目と耳も使ってくれ」
リックは親しみやすい笑みを浮かべると、騎士団員が回収していた犯人の短剣を手にとり、見事な手さばきでクルリと回転させて検分し始めた。
「ふむ……市販品だな。王都の武具屋ならどこでも買える。血痕も毒もついてない、足取りを消すための完全な使い捨てだ。ここから犯人を特定するのは難しいな」
指先の感覚だけで瞬時に結論を出すリック。
だが——その時だった。
「……ッ、クゥン……!」
アレクシアの隣にいたライが、突如として顔を歪め、短剣から激しく弾かれたように後退りした。
前脚で鼻を覆うようにして、不快そうに首を振っている。
「ライ!? どうしたの……?」
「ああ、やっぱりか。……この短剣の柄、魔獣除けの『魔瘴草』の油が塗りつけられてるな」
リックが納得したように短剣の柄を指で擦ってみせた。
「鼻の利く魔獣に追跡されないよう、敵が対策を打ったんだろ。ライみたいな優秀な相棒がいることを見越しての臭気つぶしだ。……ケッ、嫌な手を使うねぇ」
「ライの鼻まで警戒されているなんて……敵はどこまでこちらの情報を把握しているの……」
苦しそうに鼻を鳴らすライを抱き寄せながら、アレクシアは冷たい戦慄を覚えた。
ライの追跡術すら封じられた今、敵の周到さがより恐ろしく思える。
「団長様、この結晶が監視目的だったなら、他にも王都の主要箇所に仕掛けられている可能性が高い。犯人を追うのも大事だが、まずは他の『目』を撤去するのが先決じゃないか?」
「……一理あるな。ライの追跡が封じられた以上、地道な捜査に切り替えるしかない。王都の安全確保を最優先とし、手分けして水路と主要区画の緊急捜索にあたろう」
フレッドが重く頷き、周囲の騎士たちへ指示を出し始める。
「頼りにしているよ、リック」
「まかしときな! アムネシアの名に恥じない働きをしてみせるぜ」
頼もしく肩を竦めるリックの姿に、アレクシアも「心強い味方が来てくれた」と安堵の吐息をもらした。
しかし、敵の手が王都の奥深く、そして自分たちの足元にまで完璧に伸びているという現実は、静かな恐怖となって彼女の心に影を落としていた——。




