閑話.小さな命と風の誓い
僕たちタマラビィは、ルピナの森で暮らすちっぽけな存在だ。
大きな耳と丸い身体を持っていて、争いごとは大嫌い。
いつも木漏れ日の中で木の実を食べたり、街道を行き交う人間たちの賑やかな声を聞いたりして、のんびりと過ごしていた。
——だけど、ある夜。
森の奥から「それ」はやってきた。
見たこともない大きな黒紫色のヘビ(ヴィオヴァイパー)だ。
目が気味の悪い紫色に濁っていて、口からドロドロした毒を吐きながら、僕たちの巣を次々と踏み荒らしていった。
「キュゥ! キュゥゥン!」
最初にお父さんとお母さんが、僕たち子供を守ろうと真っ先にヘビの前に立ちはだかって犠牲になった。
『逃げなさい! 赤ちゃんたちを連れて早く!』
お父さんたちの最期の声を聞いて、まだ生まれたばかりの僕たちを抱えて走り出してくれたのは、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちだった。
だけど、あの恐ろしい巨体はすぐ後ろまで迫ってくる。
『僕たちが時間を稼ぐ! 走って!』
お兄ちゃんやお姉ちゃんたちも僕たちを庇うように順番に倒れていって……最後には、まだ言葉もろくに喋れない赤ちゃんである僕たちだけが残されてしまったんだ。
もうダメだ、僕たちも食べられちゃうんだ——そう思った時だった。
草むらを飛び出した僕たちの目の前に、温かい風がふわっと吹き抜けた。
「……君とライは、俺の背後から離れないでくれ」
見上げると、眩しい白銀の鎧を纏った人間のお兄さんが立っていた。
背中からは、僕たちを包み込むようなあたたかくて優しい風の気配がしている。
その隣には、とっても綺麗な髪をした優しいお姉さんと、大きな銀色のオオカミさん。
「タマラビィの……子供?」
お姉さんが優しく屈み込んでくれた瞬間、僕たち赤ん坊は必死に手を伸ばし、夢中でその靴にしがみついた。
『たすけて! お父さんもお母さんも、お兄ちゃんたちもみんな僕たちを護って死んじゃったの! 森の奥にすごくこわいバケモノがいるの!』
必死に涙目で泣き叫んで森の奥を指さすと、お姉さんは僕たちをそっと手の上に包み込んでくれた。その手はとても温かくて、涙があふれそうになった。
「……奥に何かあります。行きましょう、フレッド様!」
「ああ!」
お兄さんとお姉さん、オオカミさんは、僕たちの必死な叫びに応えて一斉に走り出した。
広場に着くと、黒紫色のバケモノが待ち構えていた。
周りには僕たちを守って冷たくなったお父さんやお母さん、お兄ちゃんたちの姿がある。
地響きを立てて襲いかかってくるバケモノに、僕は恐怖で目を瞑りそうになったけれど——人間のお兄さんたちは、凄かった。
大きなオオカミさんが「ガウッ!」と大地を叩くと、地面から巨大な土の壁がニョキニョキと生えてバケモノの突進を受け止めた。
続いてお姉さんが美しい水流の矢を放って目くらましを仕掛ける。
そして——。
「もらった! 『風衝一閃』!」
白銀のお兄さんが風を纏って一瞬で踏み込み、閃光のような一撃で、家族の命を奪ったあの大蛇を一刀両断にしてしまったんだ!
バケモノが倒れた後、お姉さんは僕たち赤ん坊を優しく胸に抱きしめたまま、人間たちの街にある大きなお家へと連れて帰ってくれた。
そこでは赤髪の強そうなおじさんとお兄さんたちが、森の異常について難しそうな顔で話し合っている。
僕たちを守ってくれた白銀のお兄さんは「邪悪な影が忍び寄っている」と、真剣な顔で言っていた。
僕たち赤ん坊は、お姉さんの服に必死で顔を埋めて、まだ恐怖でピクピクと身体を震わせていた。お父さんたちも森も失っちゃって、これからどうなっちゃうんだろう……。
「ミレイ、ちょっとこの子たちを診てやってくれ」
その時、おじさんに呼ばれて優しそうなお兄さんがやってきた。
お兄さんが温かい手をそっと添えてくれると、柔らかい緑色の光が僕たちの身体を包み込んだ。
恐ろしかった気持ちが、ふっと軽くなっていく。
「アレクシアさん、この子たちは僕に任せて! ルピナの森が元通りになって、この子たちが一人で生きていけるようになるまで、僕が責任を持ってギルドで大切に育てるよ」
ミレイお兄さんの手へ移される時、僕たちはお姉さんの顔を名残惜しく見つめた。
お姉さんは安堵したように、とっても綺麗な笑顔を浮かべている。
この温かいお兄さんなら大丈夫だ——そう安心したら、急に強い眠気が襲ってきて、小さな欠伸がこぼれた。
バイバイ、助けてくれた優しいお姉さん。
帰りがけ、白銀のお兄さんがお姉さんの前にかがみこんで、素手でお姉さんの頭を愛おしそうに撫でていた。
「これからの調査で忙しくなるかもしれないが……またすぐに、君に会いに来るよ。いいかい?」
「っ……はい! お気をつけて、フレッド様……」
お顔を真っ赤にしているお姉さんと、風みたいに爽やかに微笑むお兄さん。
助けてくれた強い人たちの優しさと温もりに包まれながら、僕たち小さなタマラビィは、新しい家で元気に大きくなることを静かに心に誓っていたんだ。




