7.誓いと小さな温もり
王都の夕闇が深まる頃、アレクシアたちは重苦しい静寂を連れてギルド『アムネシア』へと戻ってきた。
ギルドの重厚な扉を開けると、大衆食堂のような賑やかさが一同を迎える。
しかし、一歩奥のマスター室へ足を踏み入れると、空気は一変した。
「——なるほどな。タマラビィの虐殺に、本来いねぇはずの狂乱したヴィオヴァイパー……」
ギルドマスターのオスカーは煙草の煙をゆっくりと吹き出し、琥珀色の瞳を鋭く細めた。
アレクシアとフレッドからの報告を聞き終えた彼の表情には、いつもの豪快な笑みはなく、大立者としての険しさが宿っている。
「ただ事じゃねぇな。商人どもが使う街道のすぐ脇でそんな真似をしでかすたぁ……ただの魔物の暴走なんかじゃ断じてねぇ。誰かが裏で仕糸を引いてやがる」
「ああ、私も同感だ」
白銀の鎧を鳴らし、フレッドが重々しく頷く。
「ヴィオヴァイパーの濁った目と、意味のない残忍な荒らし方……まるで何者かが不気味な試運転でも行っているかのような違和感があった。王都の目と鼻の先まで、邪悪な影が忍び寄っている」
「……あいつらの可能性が高いな」
オスカーは低く呟くと、煙草をトントンと灰皿に叩きつけ、フレッドをまっすぐに見据えた。
「騎士団長様よ。ここはひとつ、貸し借りなしで手を取り合うってのはどうだ? 街の裏情報や冒険者特有のネットワークは俺たちギルドが張る。表の警戒と捜査は、あんたら騎士団に任せた」
「ありがたい。こちらからも頼みたいと思っていたところだ。ギルドの力があれば百人力だ」
フレッドは力強く頷き、オスカーの手をしっかりと握り返した。
「私はこれからすぐに城へ向かい、陛下へ直々にこの事態を報告する。ルピナの森周辺の警備も、騎士団を総動員して強化するつもりだ」
二人が事態の収束に向けて固い誓いを交わす傍らで、アレクシアは腕の中の小さな命たちを愛おしそうに抱きしめていた。
両手のひらにすっぽりと収まるほど小さなタマラビィの子供たちは、アレクシアの服に顔を埋め、いまだに時折ピクッと体を震わせている。
親も群れも失い、森も荒れ果ててしまった今、この子たちだけを自然に帰しても生き残れるはずがなかった。
「……マスター。この子たち、どうしたら……」
不安そうに尋ねるアレクシアに、オスカーの表情が少しだけ和らいだ。
「安心しろ、アレクシア。……おい、ミレイを呼んでこい!」
オスカーが奥に向かって声を張ると、ほどなくしてトントンと軽い足音が響き、一人の少年が顔を出した。
「マスター、呼びました……? わ、騎士団長様まで……!」
入ってきたのは、ギルドに所属する専属テイマーの少年、ミレイだった。
柔らかな栗色の髪と大きな緑の瞳を持つ、気弱だが心優しい男の子だ。
肩には相棒の小さな小鳥の魔物がちょこんと乗っている。
「ミレイ、ちょっとこの子たちを診てやってくれ」
アレクシアがそっと腕の中のタマラビィを見せると、ミレイは息をのんで目を丸くした。
「タマラビィの赤ちゃん……!? 待ってね、今すぐ診るから」
ミレイは素早く、しかし驚かせないようにそっと温かい手をタマラビィに添えた。
かすかに緑色の回復魔法の光が灯り、怯えていたタマラビィの呼吸が、ゆっくりと穏やかなものへと変わっていく。
「……うん、大きな怪我はないよ。ただ、すごく恐ろしい思いをして、心も体も衰弱しちゃってる……。でもね、アレクシアさんやライちゃんが優しく抱っこしてくれてたから、なんとか無事だったんだと思う」
ミレイはほっとしたように胸を撫で下ろし、アレクシアに向かって優しく微笑んだ。
「アレクシアさん、この子たちは僕に任せて! ルピナの森が元通りになって、この子たちが一人で生きていけるようになるまで、僕が責任を持ってギルドで大切に育てるよ。テイマーハウスなら仲間もたくさんいるしね」
「ミレイくん……ありがとう!」
アレクシアの顔に、ようやく安堵の笑みが浮かぶ。
ミレイの手へそっと移されたタマラビィの子供たちは、名残惜しそうにアレクシアを見つめながらも、ミレイの温かな雰囲気に安心したように小さな欠伸噛み殺した。
「——では、私はこれで失礼するよ」
ミレイがタマラビィを連れて奥へ下がった後、フレッドが立ち上がった。
城へ向かうべくギルドの扉へ歩を進めた彼は、去り際にふと足を止め、アレクシアの方へと振り返った。
フレッドはアレクシアの至近距離まで歩み寄ると、彼女の目線に合わせて少しだけ腰を落とした。
「アレクシア。……今日は君が無事でいてくれて、本当によかった」
「フレッド様……」
「これからの調査で忙しくなるかもしれないが……またすぐに、君に会いに来るよ。いいかい?」
「っ……はい! お気をつけて、フレッド様……」
照れて俯くアレクシアの頭を、フレッドは鎧の籠手を外し、素手でふわりと優しく撫でた。
そのまま爽やかな風の余韻を残して、彼は夜の王都へと駆け出していったのだった。
フレッドの後姿が見えなくなった後、オスカーがアレクシアの肩をポンと重く叩いた。
「……嵐が来るぞ、アレクシア。お前自身も、何があっても自分の身を守れるよう覚悟しておけよ」
「……はい、マスター」
背後に広がる王都の夜景を見つめながら、アレクシアは胸の奥で、自身の手に宿る冷たい「氷」の魔力を意識した。
忍び寄る陰謀の気配に、決して誰も傷つけさせはしないと、彼女は静かに心の中で誓うのだった。




