第7幕 側妃は所詮側妃
直轄領。
王家が直接治める土地。建国時から所縁のある土地。国庫の財政基盤の一つとなる土地。なかには取り潰しになった領地を暫定的に治めている場合もあるけど、それは例外的措置よね。
とにもかくにも国にとって重要な土地が直轄領だ。
現在のブオナパルテ領は、元は薬草の産地として有名なレケメデル領だった。栽培から加工、販売まで一手に行うことが出来ていた。
ところが、第二王子が権力を持つことを嫌った貴族たちの横やりで、ブオナパルテ領になる過程で再編され、薬草の栽培を担っていた土地はレケメデル領のまま切り離された。
しかし、王家はレケメデル領に対して充分なフォローはしなかった。薬草を育てることはできても、加工をするにも販売をするにも外に出るお金の方が多くなってしまった。直轄領であるが故に潰れることはないが、裕福とは言い難い生活。
そして、ファビオ様は元第二王子と言っても今は公爵。隣の、それも直轄領に直接的な介入はできない。あくまでも公平な領地同士のやり取りの範囲でしか、対応ができない。
レケメデル領は静かに衰退し始めていた。
薬草の産地がなくなるかもしれない。その意味を、当事者以外、まだ正しく理解していない。
私自身、薬に頼ることはあっても、その産地の現状に思いを馳せることはなかったもの。
でも、興味を持って調べてみれば、その危機はすぐに分かる。
薬草栽培だけでは生活が成り立たず、出稼ぎに出る人が増える。働き手が減れば薬草の栽培量も自ずと減っていく。今はまだ目に見える量が減っている訳ではないけれど、遠くない未来に薬草不足に直面するだろう。
王家は、アウジリオ様は本当に気付いていないのだろうか?
ブオナパルテ領からペリドート宮に戻ってきて数日。
優秀な執事長のお陰もあって、現状を把握するのに充分な資料は揃った。ファビオ様が懸念するのは尤もだと納得できる数字。
何だかファビオ様の手のひらで転がされている気分になるわね。
――クラリッサ様は領主になることを目指していたのでしょう?
ファビオ様からレケメデル領の話を聞いた時。何故私に相談したのだろうか。首を傾げる私に、さも当然のように返されたのよね。私、公爵領に届くほど触れ回った記憶はないんだけどなぁ。まぁ、領地を割譲、なんて話があったら興味を持つかも? 側妃になるにあたって王家の身辺調査はあっただろうし。
側妃という王族の地位にあって、領地経営に興味を持つ人間。
ファビオ様からすれば相談するにはうってつけの相手だったでしょうね。
片田舎の領地でスローライフするんだ、なんて夢を持ったばかりに、私ってば随分都合の良い女になってしまったわね。
側妃に選ばれるわ、問題ある領地の運営依頼されるわ。
溜め息も大きくなるってもんよ。
「お加減がよろしくありませんか?」
ダニエラが心配そうに眉を下げる。
ああ、ダメね。溜め息なんかついちゃ、せっかく淹れてもらった紅茶の香りも楽しめないわ。
「大丈夫よ」
にっこりと笑みを浮かべて、テーブルの上のベルを鳴らす。すると、すぐに侍女のベルとディアが姿を現す。
「いかがされましたか?」
侍女の顔で問われると違和感があるわね。でも、今から結構面倒なお願いをすることになる。私も側妃の顔でディアと向き合う。
「マリアンヌ様とお話がしたいのだけれど、取り次ぎはできるかしら」
「今すぐには難しいかと。まずはお手紙がよろしいかと」
「そうね。では、この手紙を届けてくれる?」
テーブルに置いていた手紙。気付いているだろうにね。ディアは一瞬、眉を動かしたけど、すぐに笑みを浮かべる。
「かしこまりましたわ」
「お願いね」
部屋から出ていく背中に哀愁を感じる。私だって嫌だからね。分かるよ。側妃になってもう一ヶ月だ。その間、マリアンヌ様からの接触は皆無なのだから。戦地に赴くような気分だろう。
「何? 戦争でもするの?」
ディアを見送ったベルも同じことを考えたのね。
「違うわよ。交渉よ、交渉」
「たまには王太子殿下をこっちにも寄越せって?」
「何でよ。気持ち悪いこと言わないで」
「王太子殿下にその言い方はまずいんじゃない?」
ベルはちょっと引いた顔しているけど、あなたも王太子殿下を物扱いしているんだから、どっこいどっこいよ。
「先日のファビオ様の件よ」
「レケメデル領の件? 正妃殿下にご相談することがあるの?」
「まぁね。私って、所詮、張りぼて側妃だからね」
私がファビオ様の願いを聞いたとして、レケメデル領のことに関われるのは側妃の間だけだろう。何たって直轄領なんだから。アウジリオ様が宣言通り一年で子を成されたのなら、早々に離縁されるはず。子が無事に産まれるまで様子見される可能性もあるけど、それでもせいぜい二年だ。
そのわずかな期間でレケメデル領を立て直すのは至難の業だ。
王族で後任になれる人が必要になる。
アウジリオ様は正直微妙だ。弟であるファビオ様から今まで話がなかったとは思えないもの。弟で無理なら、妻にもなれない女の言葉なんて、もっと無理だ。
その点、マリアンヌ様なら話のできる余地がある。腹を割って話せば、案外良い関係を築けるかもしれない。
そうね、愚痴を聞く係にでもなってみせるわ。
相手はあのアウジリオ様なんだもの。いくら仲睦まじいと言っても、イラっとくることの一つや二つあるはずよ。妊娠にストレスは害悪と聞くし。
それに、薬草は人々を癒すものだわ。国母となられるマリアンヌ様の民からのイメージアップにも繋がるでしょう。第二、第三のレケメデル領を生まないためにも、王家の求心力は大事だわ。
そのためには、まずレケメデル領を訪れたいところだけど……。
果たして許可がすぐに下りるだろうか。
紅茶を飲んで喉を潤し一息ついたところで、ディアが戻ってきた。嫌がらせを受けた様子はなさそうね。当たり前だけど。
でも、その表情は、ちょっと疲れて見えるわ。
「クララ、正妃殿下から早速お呼び出しでしてよ」
あら、侍女の顔はもうやめたのね。
ディアから手紙を受け取った私は、さっと目を通す。敵意は感じないわ。そして、本当に今からお会い頂けるようだ。
即断即決の方で助かるわ。
今の時間帯ならアウジリオ様も公務中でしょうし、かち合う心配もないものね。
「正妃殿下にお会いするわ。着替えを頼めるかしら」
にっこりと笑みを浮かべるわ。




