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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第5幕 視察は観光

 ファビオ様からの提案は意外なものだった。


「こちらの服で視察するのですか?」


 ブオナパルテ領滞在二日目の朝、視察に行く際の服を用意されていた。申し訳ないけど、ありがたいと思った。けれども手に取った服は、どう見ても貴婦人の着るものではない。刺繍の一つもなく、色味も地味。手触りもごわついた感じがする。庶民の服だ。


「ええ、今日は領都を案内しますので、公爵として歩くと、どうしても人目を引いてしまって。事前に伝えておらず、申し訳ない」


「いえ、大丈夫ですわ」


 当日ではあるけど、今後の日程の一覧は見せてもらったからね。特に問題はなかったわ。意外なことと言えば、晩餐がなかったことくらいかしら? 到着したばかりの昨日はともかく、今日も明日も予定になかったのだ。

 本来、側妃とはいえ王族を領地に招いて晩餐会を開かないのは異例なこと。だけど、夫となる王太子を伴っていない招待が、そもそも異例なのよね。今更気付くなんてね。うん、アウジリオ様も当然招待されていたんだよね、そして断ったんだね、あの人。私は私で、そんなこと露ほどにも思わず招待を受けた。意思疎通が全く出来ていなくて笑っちゃうわね。手紙のやり取りはしていたというのに。

 困ったのはファビオ様でしょうね。招待状を二通送ったのは住まう宮が違うからで、まさか側妃だけで視察に来ることになるとは想定していなかったはずだもの。

 義姉弟だし、二人で晩餐の場を設けても非難はされないでしょうけど、兄嫁と独身男性でもあるからね。一応配慮して、お茶会のみにされたのでしょう。

 弟の招待を無碍にするような人のことを考えても仕方ないわね。

 

 今は視察のことよ。

 私は壁際に控えるダニエラに視線を送る。緊張した面持ちながら、落ち着いた様子でソファのそばに寄ってくれる。


「ファビオ様、ダニエラの魔法を使ってもよろしいかしら」


「もしや姿見の魔法を?」


 にっこりと笑みを浮かべる。本当に察しが良くて助かる。


 魔法は、血筋の影響を強く受ける。

 大抵は生活を便利にする程度の力しかない。火を起こす、水を流す、弱い力だ。もちろん使いようによっては火事になるし、水浸しになる。ただゴミをまとめるために風を吹かせるような、そんな些細な力が基本だ。

 だけど、代々、強い魔力の血を受け継いできた貴族は、生活の範囲を超える。火は炎だ。水は激流だ。戦争を優位にする力となるし、領地を守る力にもなる。残念ながら私は然程強力な魔力はないけど、ベルはその火炎と呼ぶに相応しい力を持って、女性ながらに騎士を目指した経緯がある。

 翻って平民は、火もマッチ棒以下の火力しか出せない人も多い。水は昨日見た通り、じょうろ代わりになる程度よ。だけど、色んな血と混ざり合い、稀に希少な魔法を得意とする子が産まれる。貴族が妾に産ませた子を認知せずに放逐した結果ね。


 ダニエラは姿見の魔法が得意だ。

 髪色や目鼻立ちを変えたように見せることができる。使いようによっては危険な力だけど、あくまでも見せかけ。幻術と呼べるほどではない。

 髪は薄い金髪から茶髪に、目は少し小ぶりに、そして鼻の頭にそばかすを散らせば、素朴な村娘の顔になる。


「見事な力だな」


「ええ、ダニエラの魔法は繊細で大胆なのですわ」


「それに随分と使い慣れているようだ」


 ほほほ、と微笑んで誤魔化す。伯爵令嬢時代、よくお世話になったからね。貴族令嬢の顔立ちは、どうしても民との距離を生んでしまう。あくまでも交流のためよ。屋敷から抜け出すためではなくてよ。

 公爵相手に魔法を使うなんてダニエラの心臓に悪かったと思うけど……。仕上がりにはファビオ様も満足されていたから大丈夫よ。黒髪になったことで、モーリスと兄弟みたいになったわね。

 用意された服に着替えれば完璧な村娘よ!


「所作が、どうしても気品が滲み出てしまうのよね……」


 ディアのつぶやきに、ちょっと裕福な商人の娘に変更することした。

 うん、ファビオ様も地味な出で立ちになったけど、農民には見えないもの。体格ががっしりしている分、冒険者や傭兵に見えるかも? 剣は持ってないけどね。


 そうして、紋章のついていない馬車で街へと繰り出せば、昨日とは違う雰囲気だ。

 街の活気に変わりはないけど、王族の馬車に対するように頭を下げられることはない。仕方ないけど、少し遠巻きにされていたの。だけど、今はただの馬車。領民の一人になった感覚よ。馬車を降りて歩き出せば、より一層感じるわ。

 ちらりと周囲に目を向ければ、目立たない恰好をした護衛たちがいるんだけどね。

 息を吸い込めば花々の香り。まとまりはないけど、嫌な感じはしない。


「民の方々が花を飾るようになったきっかけはあるのですか?」


 昨日から疑問に思っていたことを尋ねれば、ファビオ様はちょっと困った笑みをこぼされる。


「最初は春の花祭りの時期に飾るだけだったんですよ」


 春の祝祭ね。カステッリーニ領でも行っていたわ。男女の交流の場でもあり、恋人や夫婦を祝福する行事でもある。結婚のきっかけは花祭りという人も多いだろう。


「今は一年中、花祭り状態になってしまったと?」


「ええ。先日、話した通り母への反動のようなもので花を愛でるようになったのですが、それが民にも伝わったようで。それも、ええ……」


 言い淀む様子に首を傾げる。民に愛される領主。素晴らしいことだと思うけど。


「その……私に婚約者がいないことを心配されたようです」


「まぁ……」


 コメントに困るわ。

 公爵になられたのが五年前と言えば十八歳。王侯貴族の男性なら、婚約者がいて当然の年齢ではあるのよね。良い治政を行う領主なら、後継にも期待するはず。愛されるが故ではあるけども、何とも。領主様だけど、領民の孫みたいな感覚なのかしら。

 ファビオ様は照れを隠すように、軽く咳払いをする。


「でも、三年、四年と経って花の都と呼ばれるようになると、それとは関係なく、観光の要として行うようになったのです」


 果たして本当に関係ないのかしら。疑問はそっと胸の奥にしまい込んだ。

 陽気で明るい。そんな民たちの姿を見れば、孫の顔が見たいんじゃ、と言われても笑って許してしまいそうだから。


 民の目線で歩く街は楽しい。

 市場を開く広場への道を通れば、ますます活気に溢れる。呼び込む声に、子供たちのはしゃぐ声が重なれば、まるで花祭り当日のようよ。

 この街にアウジリオ様と来たら、もう少し夫婦らしい距離感になるのかしら。ダメね。まるで想像できないわ。そもそも王太子と側妃は普通の夫婦ではないものね。所詮、正妻ではないのだから。


「クラリッサ様?」


 囁きに隣を見遣れば、気遣う瞳。


「何か思う所がありましたか?」


「いえ。視察は何も問題ありませんわ」


「視察は?」


 察しが良いと困ることもあるのね。私は苦笑を一つ。そして、今更隠すこともないわ、と開き直る。


「アウジリオ様と夫婦になるのは、花の都であっても難しそうだと思っただけですよ」


「それは……兄がすみません」


「ファビオ様が謝られることではありませんわ」


 片や婚約者がいないことを心配され、片や新婚夫婦にもなれないことを心配され。男女に関わることは、かくも面倒なことだと思ってしまう。


「それよりも、ファビオ様のお勧めの場所はどこかしら。知りたいわ」


 笑みを残して、もう追及してくるようなことはない。

 ファビオ様に案内された料理屋はとても量の多い店だったし、雑貨屋は埃が舞うような店だった。決して側妃を連れていくような所ではない。だけど、パスタが絶品でついつい食べ過ぎてしまったし、掘り出し物のオルゴールは記念に買ってしまったわ。

 王族では、貴族では、見落としてしまうような所。

 そこへも光を降り注ぐことを忘れない方。だから全領民の孫になってしまうのね。


 男性との散策と身構えてしまった昨日が嘘みたい。普段とは違う姿だからかな。民の姿だから手を取ってエスコートしなくても違和感ないしね。その分、気負わずにいられたのかも。

 でも、ふと、考えてしまった。


 もしもアウジリオ様ではなくファビオ様と婚姻していたら、と。


 不敬だわ。王命に背くような考えだわ。人生を共にするなら、楽しく過ごせる相手の方が良いじゃない、とちょっと思ってしまっただけよ。そもそも婚姻のメリットもなければ、恋愛感情もない、もの。

 余程、側妃としての生活に嫌気が差しているのね。


「明日は領都の外も視察したいのだけど、よろしいかしら」


 暗い気持ちに蓋をして、明るく問いかければ爽やかな笑みを向けられる。


「もちろんですよ。明日も楽しんで頂ければ幸いです」


 私も笑みを返す。

 明日も晴れると良いわね。


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