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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第46幕 微笑みは輝く

 ファビオ様を応接室に招くのは、気恥ずかしさが勝ってしまった。二人きりではない。ディアはいるし、ダニエラとベルも対応できるように隣室に控えている。うん、二人きりではないのだけど……。


「少し庭園を歩きませんか?」


 ファビオ様の用件を聞くよりも先に提案していた。少し目を見開かれたけど、すぐに柔らかな笑みを向けてくださる。


「ええ。エスコートさせて頂いても?」


「お願いしますわ」


 私たちはまだ無言でエスコートを受ける関係じゃない。マリアンヌ様がちょっとだけ羨ましくなる。

 でも、ああ、そうなのね。ただ隣を歩くだけなのに、嬉しいと感じているのだわ。ファビオ様の表情は柔らかいままで、義務でしてくださっている訳じゃない、と思えた。

 一度、小さく息を整え、そうして歩き出した。


 外に出れば、穏やかな風が頬を撫でていくわ。

 王宮に比べればこぢんまりとした印象のある領主館だけれど、庭園と呼べるものはちゃんとあるの。直轄領だもの。王族が利用することも前提とした造りになっているのよね。だから、広くはなくても管理の行き届いた庭園だ。季節に合わせた、主の好みの庭園が整えられている。

 ファビオ様の目も細められる。


「可憐な花が好みですか?」


「ええ、あまり華々しいものより、そっと咲いているような花が好きなのです」


 薔薇とかも嫌いじゃないけどね。美しく咲いたからと言って切り落とすようなことは言わないわ。


「すっかりクラリッサ様の庭になっているのですね」


 落ち着いた声音に、私も笑みを返す。ファビオ様の腕は逞しくて動揺は感じない。

 少し安堵した私の足は、つい慣れた道を選んで歩いてしまった。


「おや、こちらは薬草園?」


 ファビオ様もすぐに気付かれた。さすがは一緒に薬草摘みをした仲である。


「私自身でも色々と試してみたく思いまして」


 一見すると、雑草をそのままにしたような花壇。でも、実際は私専用の薬草園だ。マチルダからカモミールやミント、タイム等の薬草を買い取って植えてある。


「カモミールのお茶以外にも案が?」


「まだ分かりませんわ。でも特産品は多くあっても困りませんでしょう? ユセフィナと一緒に作業場で色々と試行錯誤したいのです」


 領民たちが育てたカモミールを始めとした薬草は、レケメデル領の貴重な収入源。領地のための実験とはいえ、いたずらに減らすべきものじゃない。それに今後も商品開発をしていくのなら秘匿について考えない訳にはいかない。となると領主館で薬草を育てて、作業場で試すしかないのよ。

 まぁ、エリクシル鉱物に関してはコベルの炉が必要だから、領主館でできることはないんだけどね。せめて薬草くらいはね。


「次はどんな商品が出てくるのか楽しみですね」


「期待に応えられるものになれば嬉しいですわ」


 更に歩みを進めていけば四阿(あずまや)が見えてくる。ダニエラだけでなく、ディアとベルに加えてモーリスまで場所を整えてくれているわね。侍女や侍従の仕事ではないと思うけど、隣領との交流が上手くいっていると思えば悪いことではないのかな?

 私とファビオ様が席につけば、四阿から少し離れた所にそっと控える。カモミールの香りが気持ちを落ち着けてくれるわ。

 一口、喉を潤して、ファビオ様と視線を合わせる。

 無理に口を開いてほしい訳ではない。でも、ファビオ様の抱えている想いは、きちんと知りたいと思う。

 ファビオ様は視線を逸らさなかった。だから、表情がよく分かる。


「色とりどりで、けれど落ち着いた可愛らしい庭園でしたね」


 主の好みを反映した庭園を指して評される言葉と思えば、面映ゆいものがある。だから、慈愛に満ちた、それでいて寂しさを滲ませた瞳を向けられる理由はよく分からない。


「何か思うことがございましたか?」


「すみません、少し母のことを思い出していました」


「御母堂様のことを?」


 話を聞く限り、なかなかにエキセントリックな方だったようだけれど、可愛らしい庭園から連想されるような人柄だったのかしら。


「ええ。母も自立の道を模索していれば、また違った生き方もあったのかと思ったのです」


「私が側妃の道を邁進しなかったのは、アウジリオ様のせいですわよ?」


 決して芋の女神と称されるような、あれこれのせいではないと思いたい。


「そう言われると、兄上の暴挙も諫めにくくなってしまいますね」


 苦笑される表情は儚げで、側妃という存在自体に忌避感があるのかもしれない。


「私としましては一発お見舞いしましたし、あとは滞りなく離縁して頂ければ何も言うことはありませんわ」


「一発?」


「ええ、一発鳩尾を……」


 言いかけた所で口を閉じた。うん、これはあえて言うことじゃないわね。でも、こぼれた言葉を今更引っ込めることなんてできない。

 ファビオ様に笑われてしまったわ。

 けれど、すぐに寂しげな瞳が戻って来る。


「母は内にため込むタイプでした。そして意地っ張りだったのでしょう」


「意地っ張りですか?」


 側妃とはいえ、王族に対して使うにはなかなかに斬新な表現だ。でも、ファビオ様は取り消すことなく言葉を続ける。


「はい。最初は父を、陛下を迎えようと熱心に庭園やペリドート宮を整えていたそうですよ。けれど、陛下は子を成した後は義務を果たしたと言わんばかりに、ペリドート宮を訪れることはなくなったようです」


「何故、側妃を……」


 迎える必要があったのか。言いかけて口を閉じる。あくまでも政略による関係だったのだろう。すでにアウジリオ様という男子がいる以上、後継の問題は一応クリアされている。アウジリオ様のようにあえて側妃を迎える必要はなかった。けれど、男子一人というのは心許ないもの。二人目を、と所謂スペアを求められれば簡単に突き返すことはできない。

 そうして正妃殿下が中央に力を持つ貴族出身なのであれば、側妃殿下は外に力を持つ辺境伯からとなったのだろう。ファビオ様の御母堂様はオグレース領とは別の辺境の一角を担う家の出だ。


「ええ、あくまでも政治バランスを考慮した婚姻だったんですよ」


 さらりと答えるファビオ様の声は、震えることも強張ることもない。望まれて生まれた子ではないと、諦観さえ垣間見えて胸が締め付けられる。

 愛を求めなければ問題はなかった。けれど、御母堂様は愛してしまったのだろう。


「母は子ができなければ今も、とよく漏らしていましたが、その場合には陛下はきっと白い結婚だったとでも主張したのでしょうね」


 つまり離縁。

 子を成せないのは、王族の存在が揺らぐ問題に繋がる。分かるけど、分かりたくない。


「結局、母は心を壊し、酒に溺れ、亡くなりました」


「お酒に……」


「はい、毒だったかどうかも分からないほどに」


 もう心の整理はついていると言わんばかりの落ち着きよう。だからこそ違和感もある。

 実の母にも疎まれるように育てられ、その後は、母の心が壊れた遠因のもとで教育される。ファビオ様の心は……。

 私の心配をよそにファビオ様は笑みをこぼされる。


「だから最初は心配しました。クラリッサ様に兄の心が向いていないことは一目で分かりましたから」


「心配は最初だけですか?」


「あなたはとても輝いていましたから」


 ちょっと拗ねた唇が、ぽかんと開いてしまった。淑女にあるまじき表情になっているわ。でも、待って。輝いているって何?


「輝いているって何です?」


 うん、普通に聞いちゃったよ。歯の浮くような言葉ってこういうこと? でもファビオ様は照れる訳でもふざけている訳でもなく、とても真面目な瞳をしている。


「あなたは悩む時も常に前を向いていました。その姿は、私にはとても眩しかったのですよ。所詮スペアなのだから、と次善ばかりに目を向ける自分が馬鹿らしくなるほどに」


「そう、なのですか?」


「ええ、叶うのなら、その手を取りたいと願うほどに」


 手を。私の視線は素直にファビオ様の指先を見ていた。その手に触れた時のことを思い出す。

 始まりはレケメデル領の救済を願う手だった。

 けれど、今はその温もりも知っている。

 私が輝いているかどうかなんて分からない。でもね、満面の笑みを向けるファビオ様こそ輝いていると思ってしまうのよ。


「二年後も隣に、と願ってくださいますか?」


 問いかけた言葉は、満面の笑みを更に輝かせた。極上の笑みだった。


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