第45幕 側妃は代官
コベルたちの視察を終えて領主館に戻ると、アウジリオ様は真面目な顔をされた。応接室が即席の任命式の会場になる。
「クラリッサ・ディ・テッラニア、そなたをレケメデル領の代官に任命する。民を思い、土地を憂い、より良く発展するよう努めよ」
声音はどこか投げやりだけど。それでも王太子殿下の正式な言葉だ。
「謹んで拝命します」
深いカーテシーとともに受諾した。
夫婦という感じはまるでないけど、私とアウジリオ様の距離はこれ以上近づくこともないのだろう。そこに残念さはなく、むしろ安堵してしまっている。
面を上げればアウジリオ様の隣のマリアンヌ様と目があった。笑みを浮かべられる。私も微笑む。二年後に離縁した後も代官として任命してもらえないだろうか。なんて、ちょっと思ってしまった。
向かい合って席に座れば、書面も渡された。どうやら元々代官に任命することには異議はなかったようね。最初から準備されていたみたい。
コベルという王家にとっても未知の存在を、直接確かめる必要があった、ということかな。その目的が達成された今、代官任命の障害もないのだろう。
「そなた、今後はどのようにしていくつもりだ」
尋ねるというより確認する口調ね。私は生真面目な顔でアウジリオ様に向き直る。
「現在、北部にはエリクシル鉱物の工房、南部にはカモミールの工房を、それぞれ建設しています。まずはエリクシルからできる薬とカモミールからできるお茶の生産の安定と流通の開拓が、肝要と考えております」
「そうだな」
「はい、コベルたちの造る炉が人でも扱えるのか未確定の部分はありますが、コベルの口ぶりからすると、かつては人にも製法があったようですので、可能性は低くはないかと。領民の新たな雇用の促進になるよう、努めますわ」
「カモミールのお茶を王都でも飲める日を楽しみにしているのよ」
マリアンヌ様はエリクシル鉱物よりカモミールのお茶の方が気になるみたい。私も、今では紅茶よりもよく飲んでいるので、気持ちは分かる。
「あとは道の整備も必要かと。馬車が使えないのは、やはり不便ですから」
「ふむ。予算は大丈夫なのか」
アウジリオ様は顎に指を添えて、懸念を示される。
「そうですね、コベルたちのお陰で魔法使いを雇用する必要はなくなりましたので、その浮いた分である程度賄えるかと」
「しかし、コベルたちも無給という訳にはいかないであろう?」
魔法使いの雇用費は、そのままコベルの雇用費になるのでは、と思われたようだ。
「ええ。ただ半分は自由に使えるエリクシル鉱物で、と言われていますので、魔法使いを雇うよりは破格なのです」
あと北部の村周辺の道に関しては、気付けばコベルたちが土魔法で通りやすいようにある程度整えていたのよね。人が通るには更に整備が必要ではあるけど……。今後は事前に相談して欲しいと注意したものの、どこまで通じているだろう? ありがたくはあるので強くは責められないのよね。そんな訳で道の整備費用も当初考えていたものより抑えられそうではあるの。
「前途は明るいか」
アウジリオ様の口調は、言葉と裏腹に少し暗い。疑問が顔に浮かんでしまっていたのだろう。アウジリオ様が苦笑される。
「直轄領の価値を正しく判断できていなかったのだな、と。少々嘆息する思いがあるだけだ」
実際、王家はどの程度、直轄領について把握していたのだろう。
陛下も王妃殿下もエリクシル鉱物をご存知の様子ではなかったと思う。だけど、王家が管理する土地でコベルが欲するものが潤沢にある。これは偶然なのだろうか。
「ドワーフ、コベルたちとの交流は長らく断絶状態でしたわ。おとぎ話として風化するほどに。歴史の中に消えてしまったものがあるのかもしれませんわね」
マリアンヌ様の憂いた声に、私も頷く。
百年前なら、辛うじて血縁を辿れるかもしれない。魔女と言われるくらいに長生きされる方もいらっしゃるもの。でも、二百年となれば遠い過去だし、三百年はもう歴史よ。おとぎ話にもなる。
しんみりとした空気になった所で、代官の任命も終わった。今後の展望も無策ではないと分かって頂けただろうし、安心して頂けたかしら。
応接室を後にされるその間際、ドアの前でアウジリオ様が不意に振り向かれる。
「そなた、ファビオのことはどのように考えておる」
「ファビオ様?」
突然の問いかけに、義弟であり隣人である、と即座には出てこなかった。
「盟友、かしら」
ややあってこぼれた言葉は、しっくりくるようで、少し噛み合わない。自分の本音を隠してしまったようで、心許ない気持ちになる。
それはアウジリオ様も感じ取ったようで、白けるように鼻で笑う。
「私とそなたの関係が解消されるのは先の話だ。しかし白い関係ももはや周知の事実。たまには素直になることも必要ぞ」
さすがはマリアンヌ様に一途なアウジリオ様。愛に一直線なのね。
でも、それでも、私は側妃なのよ。今は何も言葉にすることは赦されないのよ。
つい睨みそうになったのに、瞳は大きく見開かれることになった。
応接室の扉を開けた先にはファビオ様がいたから。
一礼するファビオ様に、アウジリオ様は何も言わず、ただマリアンヌ様をエスコートをして廊下を歩いて行った。
そうして私とファビオ様の視線が重なった。




