第44幕 目線は親しみ
アウジリオ様に不審な目を向けられている。
王族の馬車とはいえ、そこまで広い訳じゃない。向かいの視線が痛いわ。
お茶会の時は確かに戸惑われている様子もあったけど、晩餐の場においては既にあたかも不審者のように見られたのよ。何故?
ファビオ様も違和感を覚えられた様子はあったけど、あえて口に出されることはなかった。マリアンヌ様は終始微笑んでおられたけど……。淑女の笑みは真意が難しいわね。王族の食事は、近親者の集まりでも和やかとはいかないものなのかしら。
「今日はコベルたちと会えるのね」
馬車に揺られながらもマリアンヌ様は笑みを絶やさない。コベルと会えるのを心待ちにされている様子だ。所謂ドワーフはおとぎ話の存在だったもの。楽しみになる気持ちは分かる。
「ええ、今日も炉を造っていると思いますので、ゆっくりと話せるかは分かりませんが」
「王族の視察を通達していないのか? 不敬ではないか」
アウジリオ様が遺憾の意を示される。
まぁね。本来、王族が視察に来るとなれば諸手を挙げて歓迎する所だろう。普段とは違う姿を見て視察の意味があるのかはさておき、王族に対する敬意を示す意味では正しいと思う。
ただコベルは移住してくるとはいえ、王国民としての意識があるかどうかは疑問だ。礼儀を知らない人たちではないので、大目に見て欲しいところではあるけど。
「兄上、彼らには彼らのしきたりがあるのでしょう。親交を得るのであれば、まずは友好を示さねば」
「……ふむ。そなたにもそなたなりのしきたりがあるのだろうな」
含みのある言い方に内心首を傾げるけど、ファビオ様は笑みのままだ。
「まずは対話が肝要かと存じます」
兄弟の会話というより臣下からの苦言みたいだな。現状、公爵でもあるのだし、間違ってはいないのだけど、何となく距離が出来たように思う。
「どんな話が聞けるのか楽しみだわ」
マリアンヌ様の弾んだ声は癒しね。
馬車はやがて工房の建設地に辿り着く。領民の村からは少し離れているけど、歩いて行ける距離よ。今は工房一つだけど、エリクシル鉱物が産業となれば、いずれこの辺り一帯が職人街に発展するかもしれない。まだまだ未来の展望よ。
「拝謁の機会を賜り、光栄にございます」
デニス老の意外に丁寧な口上での出迎えに少し面食らってしまう。上位者と分かるのかしら? 私? 張りぼてオーラがあるのかもね。
アウジリオ様も気を良くした様子だったけど、場所は工房の建設地。本来、王族を迎える場所じゃないのよね。
「そうじゃ、椅子が必要じゃったか?」
「テーブルもか?」
「飲み物は酒でいいのか」
面を上げた途端、コベルたちはいつもの調子に戻った。土魔法で椅子やらテーブルやらを用意してくれているけど、王太子が眼中にある感じもない。うん、最初の挨拶は無理矢理躾けたのね。どうせ躾けるのなら、会話の流れも教えておいてほしいわ。コベルたちの背後にいるネイサンを見遣れば、諦めの笑みだから、これが限界だったのね。
アウジリオ様の端正な顔が引くついているけど、マリアンヌ様に手を触れられているから大丈夫でしょう。
「飲み物はカモミールがありますわ」
私が取り成せば、そうじゃった、と嬉しそうな顔をする。そうしてカップも土魔法で用意してしまう。仕上がりは土臭くなく、木製のカップより頑丈そう。不思議な質感だわ。
テーブルが整えばガーデンパーティーの様相ね。背景が建造途中の工房だけど。
「魔法だけでも職人としてやっていけそうだけれど、鍛冶で仕上げたものはまた異なるのかしら」
挨拶を交わし終えた後、マリアンヌ様は疑問を口にした。
「そうじゃな。ある程度のものなら、魔法だけでも良いじゃろう」
「わしらのように旅する者は特にな」
「だが、強力な炉と魔法を組み合さねば、望むものはできん」
「望むもの?」
コベルたちの会話にマリアンヌ様は首を傾げる。
エリクシル鉱物からはコベルたちに必要な万能薬ができるとは聞いている。そういう意味ではコベルたちは、鍛冶師というより錬金術師や薬師の方が近いと思う。土魔法であれこれ造っている姿を見ていると、勘違いしそうになるけどね。
万能薬と言っても閉じ込められた薬草によって効能は変わってくるし、コベルたちにとっては日常の薬でもある。特に隠すこともなくアウジリオ様たちに話している。
「そう。それを人にも使えるように改良したいのね」
「ええ。レケメデル領は王家の薬草庫ですもの。広く民の役に立てるものにしたいですわ」
いずれはマリアンヌ様が事業を引き継いだ時に、国に安寧をもたらす国母の象徴ともなるだろう。
欲を言えば、王家の存続のためにも妊娠を促す効能の薬も見つかれば言うことなしなんだけどね。今の所、手がかりはない。
何にせよ悪い話ではないはずよ。
なのに、何故睨むような視線を向けられているのかしら。アウジリオ様の表情は分かりかねるわね。
隣に目を向ければ、ファビオ様も視線には気付いているようだ。ただファビオ様も分からないようで、目が合えばお互い首を傾げてしまう。
そんな微妙なやり取りに気付いているのか気付いていないのか、マリアンヌ様はコベルたちと楽しそうに話されている。未知のものに対する好奇心が強い方なのだろう。コベルたちに少し通じる所はあるかもしれない。それにマリアンヌ様の艶のある茶色い髪は、コベルたちにとって親しみを覚える色合いのようだ。私の初対面の時より、壁が薄いように感じるわ。
これなら私が離れた後も大丈夫ね。
安心する一方で、ちょっと寂しさも感じてしまった。




