第43幕 王太子は当惑
アウジリオ様とマリアンヌ様がいらっしゃるまでの一週間、領主館は慌ただしくなった。直轄領なんだし、王族を迎えることには慣れているだろうと思うけど、それでもいざ王族がやって来るとなると、花瓶一つにしたって気を遣うものよ。
え? 王族ならずっと滞在しているじゃないかって?
ほら、私は側妃だからね。しかも張りぼて。一応、初めての視察の時は気を回されていたと思うわよ。でも、もう日常だもの。毎日、気を張るだなんて、どんなに優秀でも無理だからね。私だって気が詰まって嫌だわ。
それに次期国王陛下と正妃なのだ。同じ王族と言っても私とは格が違う。
加えてファビオ様にも手紙を出しちゃったからね。アドリアンたちは普段以上に準備に追われてしまった。私が正式に管理権限を引き継いだら、きちんと労いたい。
「ファビオ様、お越し頂きありがとうございます」
「いえ、お招き頂き嬉しいですよ」
私はと言えば、王太子夫妻到着前に訪れてくれたファビオ様とお茶をしている。私が公爵をもてなしている間は、アドリアンたちは他に気を回せるからね。今頃、マリアンヌ様たちの部屋の最終確認をしているだろう。
「最近はカモミールを飲める日を心待ちにしているほどです」
「近い内にブオナパルテ領にも卸せるようになると思いますわ」
心待ち、と言われて、つい深読みしてしまいそうになる。額面通りカモミールのお茶を楽しみにしているだけなのかどうか。
私のためにできることをしたい、とおっしゃって下さったファビオ様の真意を色々と考えてしまうけど……。決定的なことは言われないのよね。スペアの意識とは、また別の問題のような気がする。
いえ、深く考えるのはやめましょう。
手紙を出せば、訪ねて下さる。その優しさを今は大切にしたい。
「工房も炉も、もう出来上がる頃なのでしょうか」
「そうですね、コベルたちがとても張り切っておりまして」
「カモミールの工房の建設にも手を貸してくれているようですね」
「はい、彼らの土魔法には驚いてばかりですわ」
エリクシル鉱物を加工できる炉を急ピッチで造っているかと思えば、レケメデル領の様子にもよく目を配っていて、カモミールのお茶の工房の建設にも自ら手伝いを申し出てくれていた。どうやらとにかく物作りが好きらしい。コベルたちにとってトロッコも炉も工房も、等しく物作りになるようだ。私からすると別の技術が必要なように思うけど、土魔法は物作りにおいて万能みたい。
領民たちともすっかり打ち解けてしまったわ。お酒に加えて、同じものを作っているという一体感のお陰かしら。物語のドワーフは、人と距離を置いている感じだったけど、実際はかなり友好的ね。
和やかな談笑の時間は、ノックの音で途切れる。
「王太子殿下、王太子正妃殿下の御成です」
ダニエラが一礼して告げた言葉に、私とファビオ様は頷き合った。
領主館のエントランスに向かえば、間もなく王族の馬車が姿を現す。高貴な馬車よ。そして、それでいて当然のように王族の背景になってしまう。中身はさておきアウジリオ様の見かけにはオーラがあると思うわ。隣にマリアンヌ様がいるのだから、尚のことね。ていうか、アウジリオ様がエスコートをしている姿って、何だか不思議。婚姻式の時にも二人が並んでいる姿は見ているのにね。
「本日は御多忙の折、レケメデル領に足を運んで頂き光栄に存じます」
一歩前に出た私がカーテシーとともに口上を述べれば、後ろに並んだファビオ様やアドリアンたちも頭を下げたことが分かるわ。ファビオ様も現状臣下だからね。隣には並べない。
「面を上げよ。歓待感謝する」
アウジリオ様の声には、ちゃんと威厳があるわ。
でも、何故かしら。視線が合うと、何故だか気まずげだわ。まぁ、最後に見たのは蹲っている姿だしなぁ。分からないでもない。マリアンヌ様は微笑んでいらっしゃるから大丈夫ね。
特段気にすべきことではないと判断した私は、領主館へとお二人を案内する。護衛の騎士や侍従や侍女たちは、アドリアンやディアたちが対応してくれるわ。……ベルは訓練相手になってもらえないか、騎士たちを見定めている気がする。
うん、問題はない、と思うことにしよう。
応接室は、一際気合いを入れて手入れされているわ。もう見慣れているはずなのに、初めて入る部屋みたい。直轄領の本気を感じるわね。
席に着けば、意外なことにアウジリオ様が真っ先に口を開く。
「ファビオは、レケメデル領の住人になったのか?」
当然のように応接室にもついて来てくださっているもの。改めて考えると、不思議な距離感よね。
だけど、ファビオ様は落ち着いたものよ。
「隣人ですから。親しくしておりますよ、兄上」
「いや、しかし」
否定の言葉が続きそうになって、でも歯切れ悪く止まる。側妃って、まぁ、有り体に言えば人妻だからね。その隣に何故義理の弟が座るのか、普通なら叱責するところなのかしら。でも、側妃としては遇してはいない訳で、身内しかいない場であれこれ言っても説得力に欠けるのよね。
「もう家族のようなものですもの。席順など気にすることはありませんわ」
マリアンヌ様はさっぱりしたものである。王族であっても、義理であっても、家族なのは確かだわ。アウジリオ様も追及するような選択はされなかった。
ダニエラがカモミールのお茶を並べていくと、意識はそちらに向く。
「これが例のお茶か。香りや見た目は紅茶に近いな」
「ええ、お口に合えば幸いですわ」
私の言葉に反発するようなこともなく、アウジリオ様は一口、喉を潤す。
「ふむ、確かにこれなら貴族たちも喜びそうだ」
「わたくしも好きな味だわ。気軽に飲めるようになる日が待ち遠しいわね」
「ありがとうございます」
王太子夫妻の感触は悪くない。マリアンヌ様のファビオ様と似た感想に、内心ちょっと笑んでしまう。同時に違和感もあった。ファビオ様に言われた時のように、心がざわつくことはないから。ただ嬉しいと思うだけ。
ファビオ様は澄ました顔ね。その態度にアウジリオ様は首を傾げた。
「ファビオは飲み慣れているようだな」
「そうですね。レケメデル領を訪れた際には紅茶よりも飲む機会が多いですから」
「そんなに頻繁に訪れておるのか?」
「今はレケメデル領の発展のために協力関係にありますから」
腑に落ちない様子だったけど、そうなのか、とアウジリオ様は頷いていた。
アウジリオ様は、今までレケメデル領に関心がなかったのかしら。手紙のやり取りはマリアンヌ様としていたけれども、陛下もご存知の内容のはず。王太子の地位にあるアウジリオ様が把握していないなんてあるのかしら。
疑問を覚えたけど、マリアンヌ様は微笑みのままだったので、あえて口には出さなかった。
エリクシル鉱物やコベルたちの紹介は明日行う予定の確認を交えて、ゆるやかにお茶会の時間は流れていく。
ちらりと隣のファビオ様を見遣れば、笑みを返された。




