第42幕 相談は導火線
コベルたちとの交渉を終えたアドリアンに、私はまず相談をした。
「管理権限についてですか?」
少し驚いた顔をして、でもすぐに笑顔を浮かべた。一方の私は緊張した面持ちになっていると思う。カップから流れるカモミールの香りが、少し気分を落ち着けてくれる。
「ええ、じっくり話したいの。掛けてくれるかしら」
アドリアンは一瞬ためらったものの、私の意思を尊重してくれた。ダニエラが、アドリアンの前にもカモミールのお茶を用意してくれる。そして、すぐに壁際に控える。楚々としたメイドの雰囲気ね。
「私は今レケメデル領に移住しただけの身よ。代官はアドリアン、あなたよ」
直轄領に住まう側妃という王族。それ故に意見に配慮されているだけに過ぎない。二年後にマリアンヌ様に引き継ぐのなら、このスタンスがレケメデル領を正常に運営していくためには最善だと思う。将来の王妃が、直轄領とはいえ一つの領地のみを運営していくのは現実的ではないもの。
だけど、私は私の意志を貫きたいと思う。
「アドリアンの働きに不満があるということではないことは、最初に断っておくわ」
アドリアンも頷く。そこに疑義はないの。
「でも、これからコベルたちと交流し領地を盛り上げていくにあたって、より積極的に関わっていきたい。管理権限を私に移譲する気はない?」
王族からの言葉。命令に聞こえるかもしれない。だけどアドリアンはちゃんと腰掛けてくれたわ。今は対等なのよ。拒否するのなら、より良い形になるよう話し合うだけ。罰することなんてありえない。
アドリアンは笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。では、私を側妃殿下の補佐官に任命して頂けるでしょうか」
「もちろんよ」
即答した。
とはいえ、本来の持ち主であるところの陛下の許可が得られれば、だけどね。側妃が直轄領の代官ないしは領主になるなんて前例はないし。
陛下に変な心労を与えてしまうかしら?
許可はあくまでも移住のみだった。でも、芋の女神とかいう二つ名もご存知らしいし、案外遅かれ早かれだったと思われるかもしれないわね。
ともかくコベルたちの移住と私の処遇について書き綴った追加の手紙を送った。側妃の封蝋が重々しく見えた。
さて、カモミールのお茶で一息入れた後は、やることがいっぱいよ。日々の生活は待ってはくれないのだ。
陛下からの返事が来るまで待機っていう訳にもいかないのよね。
ええ、まぁ、主にコベルたちが勢いのままに動いていくからね。悪い人たちじゃないし、友好的に接してくれているとは思うけども。領民たちとも打ち解けていっているし。お酒の力は偉大なのだ。
うん、今更、炉の建設を止めたりはしない。予算が、と思っていたら、土魔法で着々と出来上がりつつあるからね。トロッコを一瞬で造れるのなら、家だって可能よね。
あれ、この感覚で良いのかしら。ちょっと毒されているかもしれない。
そう、工房を建てるのに悩んでいた自分って一体って思ったりしてはいけない。私もやるべきことはやってるもん。
エリクシル鉱物とカモミールのお茶の工房。両方が出来上がるのなら、レケメデル領にとっても悪いことではない。前向きに行こう。
――代官として胃を痛めなくて助かりました。
なんて、既に補佐官気分のアドリアンに良い笑顔で言われたりしたけど。えっと、代官はまだアドリアンよ?
とにもかくにも、領地経営は新しい形で見切り発車してしまっていた。
このままレケメデル領の改善に取り組んでいけたらな、と思っていたけど、もちろん、なぁなぁで済ますことなんてできないわよね。
「王宮から文が届いています」
手紙を出してから早二週間。ダニエラの持つ銀盆が重々しく見えるわ。
陛下からの返事が来たのだ。いや、陛下からの返事、って改めて考えるとすごいインパクトね。私も王族なんだなぁ、って変な実感をしてしまった。
でも、手紙の内容はもっと変だった。
「これってどういうことかしら?」
進退に関わることなので、アドリアンにも同席してもらっていた。
「拝読いたします」
一礼して受け取ったアドリアンだけど、一読した後、更に読み直しているのが視線の動きで分かる。やっぱり変だよね? しかし、アドリアンの言葉は無情だった。
「王太子殿下と正妃殿下が視察にいらっしゃるということかと」
現実だ。
うん、レケメデル領は直轄領だ。そこへ王族がやって来ることは何もおかしなことじゃない。うん、普通のことだ。
でも、引き継ぐ予定のマリアンヌ様はさておき、何故アウジリオ様まで? 鳩尾の痛みに恨みを覚えて……ということはないだろう、さすがに。
頭では理解しているのよ。
直轄領で未知の鉱物のエリクシル鉱物が発見された。そして、ドワーフことコベルたちが直轄領に移住することになった。更には側妃がそこを直接管理したいと言い出した。そりゃ次期王位継承者が来る事案でしょうよ。陛下がいらっしゃらないのは、瑕疵のできた王太子に、実績なり箔なりをつけさせるためだろう。
理解は、できる。
でも、ペリドート宮に足を運ばなかったアウジリオ様が、わざわざ側妃のいる直轄領に来るのか? という違和感の方がすごい。
マジなの?
品のない視線で確認すれば、アドリアンは深く頷いた。もう揺るがない事実のようだ。
マリアンヌ様が一緒なら大丈夫だと思うけど……。味方は多い方が良いよね。
「便箋を用意してもらえるかしら」
ダニエラは笑顔で頷いてくれる。
そうして私は筆を走らせる。
親子喧嘩ではなく、夫婦の問題に巻き込んでしまうようで申し訳なさはある。
でも、だけど、隣にファビオ様がいてほしいと願ってしまった。




