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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第41幕 蓋は開く

 結局、コベルたちが移住するのは実質決定事項になった。

 王宮に手紙は送るけどね。コベルたちについて知らせたと思ったら、矢継ぎ早に移住の提案についても送ることになってしまった。きっと大混乱になるわね。

 そして、回答を得る前にコベルたちは移住を決めてしまったのよ。一度決めたら譲らない頑固さもおとぎ話通りかしら。まぁね、テッラニア王国は別段移民の受け入れに制限は設けていないのだから、問題はないと言えばないのよ。相手が今まで交流のなかったコベルというだけで。

 王族の血筋と現王族もいる訳だし。たぶん大丈夫。変に邪推する人さえ現れなければね。


「家は領都に用意しましょうか?」


 一応、提案はした。答えは分かっていたけど。


「いや、ここに建てるぞ」


「うむ、近くが一番じゃ」


「他など考えつかん」


 わざわざ移住するくらいだからね。近くとはいえ距離のある領都には住まないよね。うん、分かっていた。

 村長、こちらでもフォローするから、そんな青い顔しないで。国の役人が来た時には、ちゃんと責任を持って対応するから安心して欲しい。


「コベルたちの住まいって地下の方が良いのかしら」


「いや、炉を造るなら地上の方が良いぞ。土に熱がこもったらエリクシルをダメにするかもしれんからな」


「そうなのね」


 デニス老の言葉に頷いたものの、内心首を傾げてもいた。

 ファビオ様の魔法でもエリクシル鉱物はビクともしなかったけど……。コベルたちの必要する炉とはどれほどの熱を発するものなのだろう? 住民たちの住処からは少し離した方が安全なのかしら。


「炉について全然詳しくないのだけど、どの辺りに建てたら良いものなの?」


「そうさな。この小屋の近くがいいぞ」


 え、普通に住民の近くだけど、熱くはないのだろうか。


「村人たちの生活に影響はないのですか?」


 ファビオ様も疑問に思ったようだ。エリクシル鉱物の強度を確認した本人だものね。


「ふむ、わしらは炉の近くで暮らすのが当たり前じゃったが、人の子は違うのか?」


 あ、これは価値観の違いってやつ?

 慌てて交渉に入ったのだけど、うん、前途多難かもしれない。生活してきた環境が全然違うのだと実感するわね。

 エリクシル鉱物の近くにいたいからなのかと思えば、この村の土も大事みたい。エリクシル鉱物の炉の建造には、この土が必要なのだとか。開墾もままならない困った土が、一気に希少な土になってしまった。エリクシル鉱物が採れる土地なのだから、当然と言えば当然なのだろうか。調査が必要かもしれない。


 最終的にエリクシル鉱物を保管する小屋を別途用意して、その近くに工房も建てることで落ち着いた。お兄様にまた相談しないと……。いや、その前に陛下の判断が先かしら。

 そして、コベルたちはそんな悠長なことを考えている訳もなく、早速、炉に必要な土を集めようと始めたわ。

 うん、足並みを揃えるのも大変だ。


 馬車に乗ったアドリアンたちがようやく村に到着した頃には、しっちゃかめっちゃかよ。アドリアンは何だかんだで直轄領を任される代官。コベル相手も理路整然と対応していて、さすがと言わざるを得ない。私も精進しないといけないわね。

 そして、ネイサン。笑っていないで手伝ってちょうだい。あなたも交渉ごとは得意でしょう。

 ……ファビオ様? 少しお疲れの様子かしら。コベルたちに振り回されているものね。分かるわ。


 私も領主館に戻る頃には、ぐったりとしてしまった。アドリアンが対応を引き受けてくれなければ、今日はもう動けなかったわね。

 それでも王族として必要な対応はしないといけない。公爵を放って眠る訳にはいかないの。応接室で、私はファビオ様と向かい合って座る。

 カモミールのお茶で一息入れれば、気持ちも落ち着いてくるわ。


「この二日間、ありがとうございました。ファビオ様」


「いえ、私は何もできず申し訳ないばかりです」


 突然の転移魔法からのコベルたちを迎えての怒涛の展開。そばにいてくださるだけで心強かった。あの時、触れた手のひらの温度は今も残っている気がする。

 だけど、ファビオ様としては別に思う所がある様子だ。


「何か懸念事項がございましたか?」


 コベルたちとの交流は懸念事項だらけと言われれば、そうだけど。ファビオ様の浮かない顔の理由は、たぶん別のような気がする。


「いえ、レケメデル領の前途は明るいものでしょう」


 前途多難でもあるけどね。なんて軽口は、ファビオ様の言葉に萎んで消えた。


「私は何も成せないばかりなのです」


 ブオナパルテ領が花の都として馳せていることを思えば、成したことの方が多いだろう。でも、こんな言葉は素通りしてしまうように感じられた。


 話したいことがあるのか。

 話せないことがあるのか。


 私はファビオ様を真っすぐに見つめて、言葉を待った。

 やがて、カモミールのお茶が半分になる頃、ファビオ様はそっと口を開いた。


「公爵となった今も、私は第二王子のままなのだと思うのです」


 王族の矜持を持っているということだろうか。今でも殿下と呼ばれる身分に変わりはないのだし、間違った思いではないはずだ。

 だけど、ファビオ様の言葉は後悔を滲ませていた。


「結局のところ、スペアの意識をどうしても捨てられないのですよ。大事な場面でも、一歩下がってしまう。クラリッサ様が困っている時にも、すぐに手を差し伸べられない」


「充分助けられていますわ」


 レケメデル領の傾き始めた経営を立て直す。始まりはファビオ様からの依頼だったけど、今では私の願いでもある。そして、公爵という地位でも直轄領に直接介入はできない。できる範囲で手助けして頂いている。何も気に病むことなどないはずだ。


「そうおっしゃって頂けるのはありがたいです。ただクラリッサ様のためにできることは、もっとあったと思うのですよ」


 私のために?


「今日もコベルたちと交渉するのは私でも良かった。国全体が関わることになるのだから」


 そうかもしれない。私だって側妃だけど管理権限がある訳じゃない。最終的な決定をできない場面は今後増えるだろう。だけど、レケメデル領にとって、国にとって良いと判断できれば、きっと動いてしまう。コベルたちと話すのも、本来なら陛下の判断を待つのが最善だったはずだ。


 私は側妃でありつつ、心根は領民と芋掘りしていた伯爵令嬢のままだ。そして、ファビオ様はスペアだった自分を変えられないまま、なのかな。

 アウジリオ様が立太子して、すぐに公爵になられたのは派閥争いを避けるためかと思ったけど、他にも理由があるのだろうか。きっと、あるのだ。

 エキセントリックな御母堂様のもとで幼少期を過ごし、王妃殿下の元で第一王子と隣り合って思春期を過ごしたファビオ様。温和な態度で伏魔殿を駆け抜けたように見えて、心は擦り減っていたのかもしれない。


 まだ、ただの憶測よ。ファビオ様は全てを語られた訳ではない。そして、きっと語る訳にもいかない。今もギリギリのラインで話されているはずだ。

 私の身分は側妃で王族なのだから。

 でも、私は笑顔を浮かべる。


「では、親子喧嘩の際には隣にいてくださいませ。私も隣にいますわ」


 私の場合、義理の親子だけどね。

 そうよ。陛下も王妃殿下も素敵な方々よ。でもね、思う所がないわけじゃないの。私が側妃になったことも、レケメデル領の現状も。だけど、伯爵令嬢な張りぼて側妃の私はつい日和ってしまっていた。もちろん根回しは大事よ。そこは間違えない。その上で、もっと好きにして良いんじゃないかしら。

 だって、ずっとやりたかった領地経営をしているのだもの!


 隣にファビオ様がいてくださるのなら、こんな心強いことはないわ。私のためにと望むのであれば、どうか手を取って欲しい。

 そうして、私がファビオ様の憂いを晴らすわ。その惑う顔を笑顔にしたい。分不相応な願いかもしれない。でも、心の内の一端を見せてくださったのよ。私もただ蓋をするだけなのはやめよう。


 そっと伸ばされた手を、私は力強く握る。新しい温度が手のひらに灯った。


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