第40幕 速度は常時全開
目覚めはちょっとした頭痛。吐き気はないけど、口の渇きは感じる。
うん、二日酔いだわ。晩餐会や舞踏会で、今までも飲む機会はあったけど、本当に嗜む程度だったからね。コベルたちと交流しようと話していたら、ついお酒も進んでしまった。コベル、というかドワーフはおとぎ話通り、お酒が大好きみたい。あの小さな身体で、そんなに飲んで大丈夫なのかと心配したほどよ。けれど、コベルにとってお酒はお水と変わらないみたいね。
しばらく滞在することになったし、お酒の扱いには注意していきたい。
でも、お陰でコベルたちとは良好な関係を築けているように思う。二日酔いなんて軽い代償よ。
ダニエラに酔い覚ましに用意してもらった薬草茶で、気分をすっきりさせる。カモミールではなく、いくつかの薬草を煎じてお茶にした薬ね。
さて、今日は北部の村に行かなくてはいけない。コベルたちはお酒を楽しみながらも、エリクシル鉱物に興味がいっているようだったもの。変に引き延ばしてもこじれるだけね。
そんな訳で今日も作業服よ。
コベルたちには、側妃の正装が作業服と思われているかもしれない。いや、晩餐の席ではちゃんとドレスだったし、大丈夫よね? コベルたちとは文化の違いも色々とあるようだから、案外気にしていないかも。
「おはようございます、ファビオ様」
晩餐の後ではブオナパルテ領に帰ることもできず、本日も同行されることになっていたから、泊まって頂いたのだ。二日酔いの様子もなく、お元気そうだ。
「おはようございます。よく晴れて良かったですね」
「ええ。視察日和ですわ」
作業服には見慣れてしまったようで、もはや驚かれる様子もない。むしろドレスの方に違和感があるかもしれない。昨晩も、何だか目を細められていたわ。私は私で少し気恥ずかしく感じてしまった。
「お、準備万端じゃぞ」
「早速行くぞ」
領主館の馬車乗り場に向かえば、コベルたちがすでに元気いっぱいだった。今日も今日とて土魔法でトロッコを作っているわ。それ程地面が抉られている様子はないのだけど、土自体が魔法で出来ているのかしら。
ちょっと興味引かれてしまった。
「あの、この乗り物には私も乗れるのかしら?」
コベル以外が乗ると操縦が難しくなったりするかもしれない。だけど、それは杞憂でデニス老は快活な笑みを見せる。
「おお、おお、構わんぞ。どれ、ちょっと大きくするか」
言うや否やトロッコが一回り大きくなる。これなら私が乗っても大丈夫そうね。では早速、と乗り込めば物言いたげな視線を感じた。ファビオ様とネイサンだ。ベルは自分も乗りたいって顔しているけど、ダニエラとディアはすまし顔で流している気がする。
「ダメだったかしら?」
「いや、構いませんが……」
「クララらしいからいいんじゃない?」
何だか呆れられている気がする。
でも、二人もトロッコに乗ることにしているわ。ファビオ様はオイゲン老と、ネイサンはゲオルグ老と相乗りね。あら、ネイサンは乗って大丈夫だったのかしら。昨日は乗りこなせないとか言っていたけど……。まぁ、そうよね、好奇心が勝っちゃうよね。分かるわ。
「では、行くぞ。案内してくれ」
デニス老の声と共に出発開始よ。
元々土魔法で出来ているトロッコだからなのか、揺れは少なくて思いの外、快適だ。ガタガタ道も移動しながら自動で修正しているのかしら。
でもね、その分、スピードがすんごく出るの。馬で駆けるのと同じくらい? いえ、もっと速い? 景色が瞬く間に変わっていく。そもそも風がすごくて目をまともに開けていられなかった……。どっちに曲がるか聞かれた時に辛うじて瞼を開けたけど、タイミングが遅くて、何度か引き返してしまった。
本物のトロッコは乗ったことないけど、たぶん、それ以上に速かったよね? 旅慣れた商人であるところのネイサンの顔も、少し引きつっていたもの。
うん、二日酔い開けに乗るものじゃなかったわね。薬草茶のお陰で快癒していたと言ってもさ。側妃の矜持で吐きはしなかった。誰か褒めて。
あっという間に北部の村に着いたのは良かったけどね。帰りはいつも通り歩きと馬車にしよう。
「側妃殿下?」
爆走してきた王族と公爵と商人に、村長も戸惑っているわ。しかもコベルと一緒なのだ。度々心臓に悪いことをしてごめんね。北部の発展にも繋がると思うから許してほしい。
年の功なのか、慣れなのか。戸惑いは横にして、村長はすぐにエリクシル鉱物を保管している小屋に案内してくれたわ。
「す、すごい!」
「何じゃこれは……」
「全てエリクシルか?」
うん、小屋に入った途端、コベル達が驚嘆している。
それも仕方ない、と思えるくらいに小屋はエリクシル鉱物で溢れていた。一応、薬草や鉱物の色で分けて保管してくれているのだけど、それでも雑多に感じてしまう量なのよ。これだけ多いと、確かに綺麗なだけの石ころと思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。でも、コベルたちにとっては生命線になり得るものなのだもの。宝の山に見えるわよね。
「今すぐ持っていこう!」
「いや、加工が先じゃ」
「待て待て交渉が先だろ!」
「いやいや、こんなにあるんじゃぞ!」
大興奮だ。
うん、でも待って欲しい。レケメデル領にとっても大事な資産になり得るのだから。
「まずは活用方法を教えてもらえないかしら?」
コベル達は顔を見合わせる。興奮の中に思案が混じる。悪意は感じない。ただ説明に困っている感じなのかな。昨日までの様子では教えることにも前向きだったと思うけど……。ファビオ様と視線を交わすけど、答えは出ない。そんな中、ネイサンが一歩前に出る。
「この村には必要なものがないのかなぁ?」
コベルたちの集落を見てきたネイサンには何か気付くことがあったのだろうか。コベルたちも深く頷く。
「そうじゃな、人の土地には炉がない。これでは活用できまい」
デニス老の言葉に首を傾げる。
「炉とは鍛冶で使うものとは別なのでしょうか?」
レケメデル領にも大きくはないけど、鍛冶屋は存在する。食器類など、生活に必要なものを仕立ててくれる小規模なものだ。
「そうさな、道すがら見ていたが、加工できる炉はないだろう」
あのすさまじいスピードの中でもきちんと村の様子が見えていたらしい。コベルは目も良いようだ。
「それは、今から建てることは難しいのかしら。工房を建てる予定はあるのよ」
カモミールのお茶の工房だから、別に建てる必要はあるので、また資金の問題も出てくる。だけど、そこは前向きに検討していきたい。
「工房か、可能か?」
「どうじゃろ?」
「土は悪くない」
小屋の外に出たオイゲン老が地面に手は這わせる。開墾も難しい固い土地と聞いていたけど、悪くはないのだろうか。エリクシル鉱物が採れることと関係があるのだろうか。その辺の調査をして結果が分かれば進展する?
そんな私の逡巡は、コベルたちにとっては優柔不断すぎたみたい。
「いっそ住むか?」
「移動の手間も省けるな」
「それもそうじゃな。炉を造った方がええじゃろ」
何だか納得しているけど、コベルって人の土地に住んでも大丈夫なの? 地下を掘り進めるの? あ、村長、卒倒せずにどうか堪えて。私だって分からないのよ。
これもマリアンヌ様に報告、いえ、陛下案件かしら。
ファビオ様とネイサンは何だか諦めの境地のような顔をしている。そうね、コベルたちは猪突猛進すぎる。変な理解が深まってしまったわ。
私は場を収めるべく、笑顔をコベルたちに向けた。




