第39幕 コベルは温厚
ドワーフ……いえ、コベルと言うべきなのかしら。彼らは領主館に着いてからも、あまり落ち着きがなかった。カップ一つにしても、仕上がりが気になるようで、しげしげと眺めたりしている。落ち着いてお茶を、という雰囲気にはならない。
「デニス老、とお呼びしてよろしいかしら」
とりあえず話しかけてみると、視線は向けてくれるんだけどね。カップから手が離れないわ。
「おお、好きに呼ぶが良い。クラリッサと言ったか」
「ええ、私も好きにお呼びください」
笑顔を向ければ、デニス老たち三人も何やら頷いている。
「早速じゃがエリクシルを譲ってくれんか」
挨拶もそこそこに、そんなお願いをされるのだけど、そもそもエリクシルが何か分からない。
「そのエリクシルとは何のことでしょう?」
「そこの若造が持っていた鉱物じゃ」
植物を閉じ込めていた例の鉱物のこと? てか若造って。いや、ドワーフは人より長生きと言われているし、若造と言われるのも当然なのかな。ネイサンはどの程度交流できたのか、いまいちよく分からないわ。
けれど、ネイサンは特に気にした様子はなくて、笑顔を見せている。
「そうそう、この鉱物に閉じ込められた植物のことをエリクシル鉱物と言うみたいだよ」
ネイサンの手のひらには船に乗る前に渡したものがあるわ。そう言えば船はどうしたのかしら。今頃、航海中なのかな。転移魔法でもさすがに船を丸ごと移動させることはできなかったのかもしれない。鉱物以外にも商談はあっただろうし。
「我々は、そのエリクシル鉱物がどういったものかも分かっていないのです。あなた方は、どう活用しているのでしょう?」
ファビオ様は正直に打ち明ける。わずかなやり取りしかしてないけど、コベルたちは自分に真っすぐな種族のように思えるもの。変に隠してもこじれる気がするわ。レケメデル領に少しでも利がある形にしたいわ。
「ふむ、そうさな」
デニス老にじっと見つめられる。値踏みされているという方が正しいのかもしれない。長年の経験で納得がいったのか、一度頷く。
「人の間では、もう製法は残っていないのか」
「そうですね。実は子供たちの遊び道具になっています」
三人はショックを受けたようになっているわ。何だか申し訳ない気分になる。
「でも、レケメデル領の特産品の一つにできないかと検討しているのです。力をお貸し頂けないでしょうか」
真摯な気持ちが伝わるよう視線を逸らさずに告げる。コベルたちは視線を交わし合う。会ったばかりだもの。今すぐ信用することは難しいでしょう。私たちもコベルについては知らないことばかりだもの。
だけど、彼らにとってもエリクシル鉱物の存在は急務なのだろうか。まだ悩む素振りはあるけど、口を開いてくれる。
「エリクシル鉱物は、所謂、万能薬になる。実際は、中の薬草によって効能は変わるがな。地下で暮らすわしらにとっては、生命線とも言えるものだ」
薬効があれば、とは思っていた。でも、コベルたちの命にも関わるものだなんて。確かに陽の光の届かない地下では、薬草を育てるのは難しいだろう。鉱物に覆われることで、地下でも生育する薬草になったのかしら。しかも効能は長命のコベルをもってして万能と言えるもの。安易に手を出してはいけないものなのだろうか。
ファビオ様と視線を交わすけど、すぐに返事ができる内容ではない。
そんな中、落ち着いた表情を見せるのはネイサンだ。実際にコベルたちの住処を見ているので、私たちよりは理解が深いのかもしれない。
「うん、確かにコベルたちが使っていた薬を、そのまま人に使うのは効能が強すぎるだろうねぇ。塗り薬なんて、却って壊死しちゃうかもねぇ」
身長以外は似たような見た目だけど、人とは身体の構造がやはり違うみたいだ。人に使うことが難しいのなら、コベルたちに全て売るのも悪くないのかもしれない。あ、でも、人とは違う貨幣なのかな。
悩む私に、ネイサンは笑顔を崩さない。
「だからね、人にも使えるものにしてもらったら、どうかな? その授業料が一先ずのエリクシル鉱物のお値段にしてみては?」
ネイサンは移動する間、どう交渉するか考えていたのだろうか。
今まで一切流通も交易もなかったのだもの。使用している貨幣が違えば、そして両替もできないとなれば、売った所でレケメデル領の資産にはならない。
そうね、等価交換になるのかどうかは、まだ判断できない。正式な契約はできない。だけど、交流することで道を開ける可能性はある。その第一歩は、ネイサンが提案したようなものでも良いのかもしれない。
とはいえ、私一人で勝手に判断して良い問題の範疇を越えてしまっているわ。
「この件は陛下に相談しても?」
ファビオ様も同じ判断のようね。
私は側妃だし、ファビオ様は公爵。秘密裏にコベルと交易したとなれば、要らぬ憶測を呼ぶし、疑いの元になるわ。根回しが必要だ。
「何じゃ、すぐにエリクシルをもらえんのか?」
「本当に持っておるのか?」
コベルたちは不満を漏らすけど、私は笑みを返す。
「私たちはまだ出会ったばかり。まずは色々とお話させて頂きたいわ」
「しかしなぁ」
「北部の村には、明日、ご案内しますわ」
正式な契約は無理だけど、レケメデル領にちゃんと価値があることを示す必要はあるものね。
そうして、コベルたちを歓待する間に、国の方針を取りまとめて頂きたい。
デニス老は少し考えた様子だけど、エリクシル鉱物を人の土地から略奪するような考えは持たないみたい。太古のいざこざは、長命のコベルにとっても過去の出来事になっているのだろうか。おとぎ話では悪漢にされているけど、いずれは温厚な種族として書かれるくらいに、平和な交流をしたいわ。
「仕方ないのう」
白髭をさする姿は好々爺にしか見えないもの。身長も相まってちょっと可愛らしく見えてしまったのは、胸の奥に仕舞っておこう。
「その代わり、今晩は酒を頼むぞ!」
交換条件として宴会を所望された。交流することを了承されたと思って良いのよね。酒好きの逸話も本当なのかしら。
私は飛びきりの晩餐を用意するよう手配した。




