第38幕 ドワーフはコベル
うん、どう見てもネイサンだわ。
え、ネイサンって古代魔法なんて使えたの? いえ、学園時代にも突出した成績は残していないはずだわ。
「ネイサン」
尋ねようとした声は、でも途中で途切れてしまった。
魔法陣から現れたのは、ネイサンだけではなかったから。彼の周りには、見慣れない子供、いや違う、おじさんがいる。うん? おじさん、でいいのよね。立派な髭があるもの。だけど、背丈が子供くらいしかないのよ。
もしかしなくても、ドワーフ? コベル?
「人の土地はやたら明るいのう」
「それよりツンとした匂いがしないか?」
「薬草じゃないのか」
「そうか? 地上は慣れんからの」
「本当にこんな所にあるのか?」
自己紹介する間もなく話し出す三人のドワーフと思われる男性。
ちらりとネイサンに目配せすれば、少し苦笑。ネイサンには珍しい表情ね。とりあえずドワーフには会えたみたいだけど、友好的なのかどうなのかは分からないわ。
「デニス老、丁度側妃殿下がいらっしゃいます。挨拶しても?」
ネイサンがいつもより気取った声音でドワーフと思しき三人に声をかける。白髭の人がデニス老なのかしら。視線が私に向くわ。おとぎ話で語られるような悪漢の様子はない。ファビオ様と頷き合うと、私は一歩前に出る。
「テッラニア王国の王太子側妃のクラリッサですわ」
にっこりと笑みを浮かべる。
「デニスじゃ」
「オイゲンだ」
「ゲオルクさね」
敵意はない様子で、でも友好的な笑みもなく、だけど握手は求められる。どの手も力強さがあるわ。
続いてファビオ様も挨拶されたけど、同じような感じね。
何故ドワーフが突然現れたのか、ネイサンはどうして一緒なのか、転移魔法を使ったのは誰なのか。分からないことだらけよ。鉱物に閉じ込められた植物について分かれば良いと思ったけど、何だか分からないことだらけになってしまったわね。あまりに意味不明で一周回って落ち着いてしまっている。
「領主館にご案内しますわ」
とりあえず、このまま立ち話をし続ける訳にもいかない。領民たちは戸惑ったままだし。あ、子供たちはコベルが現れたと騒いでいる所を、親たちが押さえているわね。子供たちにとって怖い対象かと思ったら、それより興味が強いみたい。
馬車へ移動しようとしたら、大声が飛んで来た。
「何じゃ、領主館とやらにエリクシルはあるのか?」
エリクシル?
何の話だろう? 首を傾げる私に代わってネイサンが口を開く。
「いいえ、ここより北部にある村で保管していますよ」
「じゃあ、そっちへ行こう」
「今すぐ行こう」
「そうじゃな、そうしよう」
ドワーフってせっかちなの? 口を挟む暇もなく再び強大な魔力が渦を巻き始める。
「待って待って、村の場所、正確に分かってないでしょ? また変な所に出ちゃうよ」
焦っている様子のネイサンも珍しいわ。
そして、転移魔法はドワーフが使っているみたいね。ただ精度はあまり高くないというか、性急な性格が災いしてか、レケメデル領にやって来るまでにも色々とあったみたい。今頃、王宮に転移魔法の痕跡の報告が相次いでいるかもしれない。
「しかしなぁ」
「ちゃんと案内してもらった方が確実ですし、側妃殿下を通した方が色々と融通してもらえますよぉ」
何だか勝手なことを言っているわ。
でも、一応、ネイサンの話は聞いてくれるみたいで、ドワーフたちは頷いている。このわずかなやり取りで、ドワーフ相手にネイサンが苦労したであろうことが分かるわね。
とにかく、突然とはいえ客人を迎えなくてはいけないわ。作業服のままでもドワーフたちは気にしない感じだけどね。王族として、きちんと対応したいところよ。
馬車には私とファビオ様、護衛を兼ねたベルに続いてネイサンも乗り込んでくる。相乗りするのは構わないけど……。
「ドワーフたちと一緒じゃなくて良いの?」
「うん、僕にはあれは乗りこなせないからねぇ」
言われて窓の外に目をやれば、ドワーフたちは土魔法で即席のトロッコのような乗り物を作り出していた。レケメデル領にレールなんてもちろんないのだけど、動力源は魔力なのかしら。当たり前に動いているわ。
うん、転移魔法と言い、ドワーフの魔力は人間よりも強いみたい。
「それで、一体、何がどうなっているの?」
何から聞いたら良いのか分からなくて、ざっくりとした質問になるわ。ファビオ様も同じ心境のようで、補足されることなく頷かれている。対してネイサンはちょっと困り顔。
「いやぁ、僕もねぇ、怒涛の展開でまだ戸惑っている所があるんだよ」
あんな慣れ切った登場の仕方をしていたのに。
「まず基本的なことなのだけど、彼らはドワーフで良いのかな?」
ファビオ様の確認に、ネイサンは頷く。どう見てもドワーフの特徴だったけど、もしかしたらコベルなのかもしれない。結局、ドワーフとコベルが同一かも分からないし。
「そうですねぇ、ドワーフで良いかと思います」
「持って回った言い方ね」
「うん、ドワーフはあくまでも人の間の呼び名みたいなんだよ」
人の間?
「え、もしかして、彼ら自身はコベルって言っていたりする?」
私の問いにネイサンは驚いたように瞬きをする。
「よく知っているね? 何か新しい資料が見つかったのかなぁ」
「資料というか、北部の村での昔からの言い伝えみたいなものよ」
ネイサンは、なるほど、と何か理解したように頷く。
彼らの呼び名が伝わっているということは、かつてはドワーフと交流があったということなのだろうか。レケメデル領が直轄領の理由。薬草の産地という以外にもあるかもしれない。いえ、拙速に結論を出すべきではないわね。側妃の半年の妃教育では習わないことも多いだけで、陛下は何かご存知なのかもしれないけど……。
「でね、例の鉱物、ドワーフにとっても貴重なものみたいなんだよ。最初は取り付く島もなかったのにねぇ、見せた途端、こんなことになっちゃったんだ」
ドワーフが進展の糸口になるかもしれないとは思ったけど、その結果、転移魔法を体験することになるなんてね。ネイサンにとっても予想外のことばかりのようだ。
果たしてどんな交渉ができるだろう。




