第47幕 青空は続かない
翌日はよく晴れた青空で、王族の行列を見るのには壮観ね。王族が頻繁に直轄領を訪れていた時代なら、見慣れた景色だったかもしれないわね。
「有意義な時間を過ごせたわ。ありがとう」
そんな豪奢な景色にも埋もれないのが、王太子正妃殿下だ。あと一応王太子殿下も。外見は一級品だからね。
「お慶び頂けて嬉しく思いますわ」
にっこりと笑みを返す私の隣には、当然のようにファビオ様がいる。公爵という立場上、王族の会話には入っていらっしゃらないけど、アウジリオ様とは視線で会話されている気がする。
ファビオ様を見遣れば、にっこりと笑みを向けられる。アウジリオ様に対する微笑みとは違う。うん、深く気にしないことにしよう。アウジリオ様だって笑みを浮かべているのだから、大丈夫でしょう。
マリアンヌ様は頷き、アウジリオ様は一瞬憮然とされる。でもすぐに満足したような、納得したような顔をされていた。
私とファビオ様の関係は、今すぐ変わるものじゃない。だけど、気持ちは近づいている。そのことを察していらっしゃる、のだと思う。たぶん。
あえて口にはされないけど。
何だか照れ臭い気持ちになってしまうわ。
ベルやディア、ダニエラにも筒抜けなのかしら。友人だし、主人の気持ちに聡いし、今更よね。
そのまま笑顔で見送ろうしとした所で、マリアンヌ様が一歩傍に寄られる。
「マリアンヌ様?」
そっと扇で隠して落とした声は、当然の懸念事項だった。
「心得ましたわ」
私も頷く。
そうして馬車が見えなくなるまで見送った。その間、ファビオ様は何も言われなかったけど、当たり前のように応接室までついて来て下さった。
カモミールで一息入れれば、気遣うように口を開かれる。
「最後、何を言われたのですか?」
「教会の動きに対する忠告ですわ」
端的に伝えれば、ファビオ様は納得してソファに深く背を預けた。
「クラリッサ様が移住したことも、もう周知の事実でしょうしね」
「ええ。そして、私は今もこの場所に座っている」
マリアンヌ様とアウジリオ様の馬車に一緒には乗らなかった。
王都に戻ることは選ばなかった、ということだ。教会側からすれば。私は元より戻るつもりはなかったし、アウジリオ様も連れ戻す意志なんて微塵もないだろう。
つまり、魔法契約に背いていることが確実になった。
白い結婚の噂の確実性が高くなった。というより確定した感じかしら。ペリドート宮やジャーダ宮にも教会と繋がっている貴族や使用人は多いだろうしね。もう疑う余地もなくなったかな。
結婚式は、教会主導のもと、神に誓う神聖なもの。
それを蔑ろにしている。しかも王族自ら。教会の沽券に関わる問題になるわね。
アウジリオ様としては、マリアンヌ様がご懐妊されるまで、のらりくらりと躱せる算段をしていたのでしょうけど。私が移住しちゃったからね。
まぁ、結局、いずれにしても離縁するのだから遅いか早いかの話だ。
教会に権威があると言っても、王族に物申して対立を明確にするような拙速なことはしないと思う。宗教戦争にでも発展して困るのはお互い様なのだから。
でもね、そんな中、一人、当事者が守り固められた王宮から離れたところにいるとなるとね。
逸って行動に出る困った熱心な教徒がいないとも限らないのだ。面倒なことこの上ない。
「現状、何か手紙などは届いていないのですか」
「ええ、ありませんわ。これからは分かりませんが、すぐにどうこうということはないと思いたいですね」
「変に領民を刺激することにならないと良いですが……」
ファビオ様の懸念が、一番の問題かもしれない。レケメデル領はこれから改革と発展を進めていくことになる。そんな時に領民の足並みが揃わないのは、それこそ足枷になる。領民にも信心深い人は多くいるだろうから。
「私が領民の信頼を得られるようにしていくしかありませんわ」
ファビオ様は少し思案して、でもすぐに笑みを覗かせた。
「芋の女神に続く二つ名がつく日も近そうですね」
「あら、それはそれで悩みますわ」
うん、芋の女神はね、もう納得しているのだけど、うっかり腐敗臭の女神とか呼ばれないように気をつけよう。ニシンの塩漬けは、私の中で封印することになった。
一人、頷いたところでノックの音が響いた。
ディアが確認したかと思うと、すぐに戻ってきた。
「何かあったの?」
「ネイサン殿が面会の希望をされているとのことですわ」
ファビオ様の手前、敬称をつけているけど、何故このタイミングで? と疑問が顔に乗っている。今日会う予定は特になかったけど……。
「急ぎなのでしょう? 私は構わないわよ」
ファビオ様に目線で確認すれば、鷹揚に頷いてくださる。そうね、公爵と話している最中と分かっていて尚の希望なのだもの。早い目に聞くべきよね。まさかニシンの塩漬けを特産品候補から除外したことを察した訳でもないでしょうし。
案内の許可を受けて現れたネイサンは、普段の飄々した態度はなく、畏まった態度で跪く。
「会談の最中に許可を頂き幸甚に存じます。報告したき儀があり、馳せ参じた次第にございます」
うん、王族や公爵に相対する実質平民の態度としては間違ってないかもしれないけど、違和感がすごいわ。
「面を上げてちょうだい。何があったの?」
ネイサンも慣れない態度の自覚はあったようで、苦笑が垣間見える。でも、その表情は緊張に掻き消されていく。
「まずは楽にして。今のままじゃ話も聞けないわ」
「分かったよ、ありがとう。クララ」
言葉遣いは普段通りになったけど、声は緊張をまとったままだわ。
「何があったのだ?」
ファビオ様も重ねて問われると、ネイサンは意を決したように口を開いた。
「今しがたオグレース領の動向を調査していた者から手紙が届いたんだ」
「オグレース領の?」
レケメデル領とは別に薬草栽培に力を入れ始めている辺境伯領だ。レケメデル領としては頭の痛いところではあるけど、国全体としては悪いことじゃない。
「うん、そのオグレース領の薬草が国内の商業ルートから完全に撤退した」
え、完全に撤退?
では、薬草はどこに?
輸出に全てを回したということ?
疑問が一気に溢れて、私は二の句を継げなかった。




