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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第3幕 第二王子は公爵

 側妃生活も早一週間。


 アウジリオ様と会うことになった。ペリドート宮で二度目である。そう、初夜以来だ。とりあえず、ぶん殴りたい。実際にはできないけど。

 子を成さないと言ったって新婚なのよ。食事を共にするなり、挨拶をするなり、何かしらあって然るべきでしょうよ。配慮ゼロで、もはや笑えてくるわ。使用人の同情の目線が日に日に強くなるので、とても気を使わせていると感じる。正直、息苦しい。


 そんな空気を壊すためにアウジリオ様が会う機会を作られた訳では、ない。

 第二王子であった現在公爵のファビオ・ディ・ブオナパルテ殿下が、ペリドート宮を訪れることになったからだ。


「息災だったか」


 一応気遣いは見せるけど、アウジリオ様の手には何もない。結果、ドレスはもちろん宝飾品の類も全て自前の物になった。側妃の数少ない公的な場なのにね。まぁ、当日まで何の音沙汰もない時点で分かっていたけどね。応接室がお葬式状態よ。アウジリオ様としては、公爵というより家族と会う感覚なのかもしれない。


「ええ、ペリドート宮の者たちのお陰でつつがなく」


 ダニエラなんて、涙を流しそうな状況よ。ベルとディアに至っては、もはや呆れているわ。第二、第三の側妃の話なんてあったら国外逃亡する勢いよ。

 会話が続くこともなく、馬車の到着の知らせを聞いて出迎えるまで沈黙だった。王宮の広さが辛いわね。エントランスで待つこと更に五分だったわ。


 公爵家の紋章がついた馬車は、優雅だ。馬も美しい。けれども、そんなものはあっさり霞んでしまう。

 馬車から現れたブオナパルテ公爵殿下は、端的に言って美丈夫だ。すらりとしているのに、胸板の厚さが目を引く。輝かんばかりの金髪には、色香もありそうよ。そして、アウジリオ様と血の繋がりを思わせる緑の瞳。その瞬きには、戸惑いを感じさせた。


「出迎え感謝します、王太子殿下、側妃殿下」


 第一声が出迎えの感謝? けれど、違和感は柔らかな笑みに上塗られた。気のせいだったかしら。穏やかな気持ちにさせる表情は、アウジリオ様の石像具合とは対照的ね。


「ああ、よく訪ねてくれた。公爵、いやファビオ」


「兄上もお元気そうですね」


 さらりと兄弟の会話に切り替わる辺り、仲は悪くないみたいね。けれど、私はどちらの立場で挨拶すれば? いきなり義理の姉として接するのは無理だわ。


「ご挨拶の機会を頂き、ありがとうございます」


 ふわりと笑みを浮かべて、呼びかけは曖昧にしてしまった。それでも気を悪くされる様子はなく、私にも笑顔を向けてくださる。


「こちらこそ、公爵という立場上、婚姻式に参席できず、こうして挨拶の機会を頂き感謝します、義姉上」


 あら、私にも家族として接してくださるのね。でも、立場は義姉でも、実際の年齢は私の方が三歳も下だ。ちょっと据わりが悪い。


「クラリッサとお呼びください、ブオナパルテ公爵殿下」


「では、私のこともファビオとお呼びください、クラリッサ様」


「分かりましたわ、ファビオ様」


 元伯爵令嬢としては胃が痛くなりそうだけどね。私ももう王族なのだ。割り切ろう。


「では、応接室にご案内致しますわ」


 案内は、実際には必要なかった。ファビオ様の足取りは慣れたものだ。

 アウジリオ様は王妃殿下のお子、ファビオ様は側妃殿下のお子だったから。側妃殿下が儚くなられた後は、王妃殿下の庇護のもとジャーダ宮で過ごされたと聞いているけど、それも短い間のことで、アウジリオ様が王太子殿下になられると、さっさと公爵家を立ててしまわれたのよね。お陰で余計な派閥争いは起きなかったけど、継嗣のことで悩むことにもなってしまった現状は、ちょっと複雑な気分だ。まぁ、ファビオ様は独身主義者なのか、未だ婚約者もいらっしゃらないので、第二王子のままでも同じ問題はあったかもね。


「住まう人が変わると、建物の雰囲気も変わりますね。とても華やいだ気分になります」


 応接室のソファに腰掛け、部屋を見回す瞳には郷愁を感じる。


「ありがとう存じます」


 私自身に華やかさはないと思うけどね。多くの使用人は、ファビオ様が住まわれていた頃から変わってはいない。私も模様替えの指示は出していない。でも、飾られる花は主人に合わせて変わるものだわ。そんな些細な変化が、思い出補正と相まって大きな差異になるのだわ、たぶん。放置側妃を励まそうと明るく振る舞っているからではないわ、きっと。


 アウジリオ様は、もちろん変化に気付く様子はない。ジャーダ宮だったら気付かれるかしらね。

 そして、もう少し笑顔が欲しいわ。ファビオ様に向ける顔との落差が激しすぎて、いや、私に向ける顔が無表情すぎて、マジで石像なんだが? あえて公爵家に王室内の不仲をアピールする意味ってあるの? 弟相手と言ってもさぁ。


 無駄に私の胃を痛くさせた後、公務があるから、とさっさと席を立つのもどうなの。公爵との会談も立派な公務でしょうよ。弟相手と言ってもさぁ。


 残された私の気まずさを察してくれ、と言うのはわがままですか?


「庭園をご覧になりませんか?」


 アウジリオ様がいた応接室に留まり続けるのは精神衛生上良くなかったので、外に出ることにした。空席になったソファの存在感がすごいのよ、石像よりも。


 庭師たちの手によって整えられた庭園は、ファビオ様が住まわれていた頃と雰囲気がやはり変わるらしい。私って、そんなに傷ついているように見えるのかしら。

 何だか申し訳ないわ。


「クラリッサ様はお美しいですからね。庭師たちも気合いが入るのでしょう」


 それではファビオ様の御母堂様が不美人のような言いようだわ。私は幼かったので記憶はないけど、ファビオ様の顔面を見るに絶対美人だったはずよ。モヤっとした気持ちは顔にも出てしまっていたらしい。ファビオ様は苦笑を浮かべられる。


「母は華美なものは好みませんでしたから。花が咲き誇れば、すぐに切り落とせ、なんて言っていたくらいですよ」


「そうなのですね」


 それは好みの問題なのだろうか。


「直系の王族は愛が深すぎるというのもあるのでしょう」


 さらりと言われた言葉は、どきりとするものだった。王室の仲は不仲には見えない。でも、それは陛下の側妃は儚くなられ、第二王子は王宮を抜け出したから見えないのかもしれない。

 私、この先側妃としてやっていけるのかしら。たった一年だとしても気が滅入るわ。


「クラリッサ様、此度の婚姻の言祝ぎは……やはり控えた方が?」


 確認するような囁きに、私は苦笑を返す。それだけで終わり。もう蒸し返されることなく、庭園を楽しむ。察しの良い方で助かるわ。

 そして、出迎えた時の戸惑いの理由にも気付いてしまう。使用人たちにも気を遣わせてしまうはずよね。初対面でも分かるほどにアウジリオ様と距離があるのだ。


「おや、チェリーセージが咲いていますね」


 言われて視線を向ければ、ピンクの可愛らしい花びらが道なりに連なっている。息を吸えばさくらんぼのような香りがした。


「なんだか和みますわね」


 主張しすぎない華やかさは、不安を押しやってくれる。


「ええ。幼い頃、私も気に入って、母に一輪、差し出したことがあるのですよ」


 美少年と花。絵画になりそうな組み合わせね。


「きっと喜ばれたことでしょう」


「ええ、翌日には庭園から花びらが消えましたが」


 肯定に続く言葉が不穏すぎるわ。そうなのですね、と頷くだけで精一杯だ。


「今はその頃の反動なのでしょうか。領地では様々な花を育てるようになってしまいました」


 言われてみれば、ブオナパルテ領は花の都と呼ばれていたわ。行ったことがないので、実感がなかったけど……。この話を聞いた後だと、美しさよりも殺伐さを感じるのは気のせいだろうか?


「クラリッサ様にもいつか見て頂きたいですね」


「ええ、美しい街並みなのかしら。是非見てみたいわ」


 花に罪はないものね。

 そして、私はまだまだ伯爵令嬢気質だったのだと後日実感する。側妃とはいえ妃。王族が気楽に是非見たいなんて言っちゃいけないのよ。

 ファビオ様から正式に招待状が届いてしまったわ。


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