第2幕 お茶会は女子会
目覚めは爽やかな朝日とともに訪れる。
最悪な気分だったはずなのに、しっかり眠れる辺り図太いのかしら? まぁ鈍感じゃなきゃ側妃なんてやっていられないわね。
「おはようございます、クラリッサ様」
ノックとともに爽やかな笑顔をつれてくるダニエラを見れば、憂鬱な男の顔なんて、もう記憶の彼方だ。
髪を整え、ブリオッシュで簡単な朝食を済まし、動きやすく、かつ品のあるドレスに着替えれば側妃の出来上がりよ。
そうして、今日はどう過ごそうかしら? なんてことを考えていると侍女たちがやってきた。
「おはようございます、側妃殿下」
べルティーナ・アウディ。
騎士を目指していた子爵令嬢は、私の護衛も兼ねているらしい。
「ご機嫌はいかがですか、側妃殿下」
ディアーナ・ゼナッティ。
図書館司書を目指していた伯爵令嬢は、侍女服にも違和感がない。
楚々とした表情で控える二人を、私は胡乱な目で見つめる。
「二人ともおはよう。機嫌よく見える?」
側妃とはいえ妃。王族だ。私に見据えられた二人は、それでもにっこりと口角を上げた。
「全っ然!」
きれいに揃った二人の言葉に、思わず笑みがこぼれ落ちる。伯爵令嬢時代と変わらない気安さに安心してしまった。
「ひどいわ。ベル、ディア、そこは麗しく見えますとでも言ってちょうだいよ」
慣れ親しんだ愛称で呼びかければ、二人にも安堵の笑みが浮かぶ。
「何だか本当に元気そうね。クララ、で良いかしら?」
ディアの伺いに大きく頷く。初めてのお茶会から、もう十二年の付き合いになるのだ。側妃になったからって変わっちゃったら寂しいわ。
「もちろんよ。でも、本当に元気そうって?」
「昨晩から気の強い側妃殿下で有名なんだよ、クララ」
「昨晩から?」
何だ、その即席感は。ベルは苦笑しつつ、理由を続けてくれる。
「昨晩、王太子殿下、早々にジャーダ宮に帰られたでしょ? その割に泣いている様子もないからって使用人の間で話題なんだ」
使用人の口が軽いのは王宮でも変わらないのね。あとペリドート宮って壁薄いの? どんな大声で泣いたら漏れ聞こえてくるのよ。でも、気を付けるに越したことはないか。
王太子殿下に初夜の相手もしてもらえなかった側妃。
それにも関わらず泣き喚きもせず爆睡する側妃。
傍から見れば、なかなかに豪胆な側妃だったかもしれない。まぁ、どちらも事実だからね。否定のしようもない。だけど、噂はあっという間に回るのだ。今頃、スメラルド宮にも届いているかもね。
側妃の義務を全うせよ、と叱られるかしら。
でもなぁ、最初に拒否してきたのはアウジリオ様だしなぁ。叱るにしても、まずは親子できちんと話し合ってからにしてほしいわ。
「心配したのよ。その、初夜を放棄されるなんてって……」
ディアの慮る瞳に、追い出したのは私だ、とはちょっと言いづらい。昨晩は本当に腹が立っていたんだな、と理解する。
「追い出したのは私よ」
結局、飾らず伝えた。二人は目を丸くするけど……。
「いや、一年以内に正妃殿下との間に子を成すから愛することはできないとか言うからさ。だったら、さっさと正妃殿下と子作りして来いって感じじゃない?」
開けっ広げに言ったら、クラリッサ様、と涙の滲む声が壁際から聞こえる。あ、これ、実家に報告されちゃう感じ? 伯爵家が王家にできることなんて何もないだろうけど、余計な火種は消しておきたい。
「ねぇ、女子会にしない?」
私の提案に、ベルとディアは顔を見合わせる。でも、すぐに合点がいったように笑みを浮かべる。
貴族の交流はお茶会。友達の交流は女子会。私たちの合言葉。
「では、その前に挨拶回りをされてはいかがですか?」
ベルは護衛は任せろと言わんばかりに胸を張る。
「半地下も含めて、きっちりとしませんとね」
ディアの儚げな笑みが若干黒くなっている。
まぁ、そうね。有意義な女子会にするためにも、情報収集は大事よね。
まずは執事長と侍女長、メイド長を呼び出す。見たところ、私の両親よりも年上の三人だわ。それだけに落ち着いた雰囲気ね。昨晩のことも把握しているだろうに、おくびにも出さない。
ペリドート宮の主人に対する敬意をちゃんと感じる。
これなら挨拶回りしなくても大丈夫? いえ、顔を見せるということが大事なのよね。ペリドート宮を見て回ると伝えれば、微笑みを浮かべられたもの。
噂は回る。けれど、統率は取れている。その自信の表れかしらね。
実際、宮内の雰囲気は悪くなかった。久しぶりの主人を、柔らかに迎えてくれている。王太子殿下に相手にされない側妃と嘲る視線は一つもなかった。
むしろ、憐みのような……?
あ、そうね、そうよね。ペリドート宮にだってジャーダ宮の話はもちろん入ってくるわよね。当然、アウジリオ様とマリアンヌ様の仲睦まじさは周知の事実だわ。そして、王宮の使用人の多くは貴族家出身だったりする訳で、私の立ち位置もみんな理解しているよね。
誰もなりたくなかった側妃!
うっかり王命を受けてしまった側妃!
そこに同情はあれど、軽蔑などなかった。むしろ王太子殿下の方が大丈夫なの、これ。
「なんだか大丈夫そうですわね」
一通り見終わって、女子会へと漕ぎつくとディアが安堵の声を漏らす。私が頷けば、ベルも苦笑交じりに頷く。杞憂に終わったことは良いけど、肩透かしだったかしら。
ペリドート宮の庭園にある四阿は、季節の花と木陰があって、とても心地よい。花の香りに包まれながらカップを傾ければ、芳醇な紅茶。たっぷりの生クリームが挟まったセムラも美味しい。
うん、庭師も、メイドも、料理人も、みんな正しく仕事をしている。
主人としてまだ何も成せてないけど、いわゆるお茶会の準備が整えられている。ダニエラもいい感じに実家に報告してね。
「でも、これからはどうするんだ?」
紅茶で一息入れた後、ベルは首を傾げる。私の首も傾く。
「これから?」
「そうね、側妃としてどう過ごしていくのか指針みたいなものはあった方が良いかもしれないわ」
ディアの補足に、私は空を見つめる。
指針。本来であれば世継ぎを成すためにアウジリオ様との仲を深めるのが正しいのだろう。けれど、それはあり得ない選択だ。あり得ないよね?
「陛下はやはり叱責されるかしら?」
「叱責されたところで、こればかりは……」
いかにも不満ですという態度を崩さなかったアウジリオ様。当然、陛下もその内心は把握されているわよね。でも、王命で夜伽っていうのもねぇ。側妃を迎える王命を出した上で、更にそれはちょっと清廉さに欠けるというか、沽券に関わるというか。微妙な感じだ。アウジリオ様が一年の区切りを設けたのも、この辺の塩梅かしらね。
つまり、この一年は白い結婚のまま、のらりくらりとかわすことはできるだろう。
でも二年目以降は?
ちらりと、ベルとディアを見遣る。
「まぁ、私がダメなら二人目と三人目の側妃を迎えるよね」
「何、その不穏なつぶやき」
「怖すぎてよ……」
ベルもディアも白々しいわよ。
「いや、あなたたちにも側妃の打診はあったはずでしょ」
だって同い年の二十歳。かつ婚約者はいない、そこそこ高位の貴族の娘なんだから。
「いえいえ、私は剣ばかりで妃の教養などとてもとても。あ、側妃殿下の護衛は精一杯務めるよ!」
「そうそう、私は本の虫で、世継ぎを成す体力などとてもとても。いえ、側妃殿下を教養面で支えることはできますわよ?」
「今度もそう言って逃げられるといいわね」
贄にされた私は、さくっと切り捨てる。そんなぁ、とか嘆いているけど、実際、アウジリオ様と年の釣り合う令嬢なんてもう限られているのだ。デビュタントを迎える頃には、大体婚約者がいるのだから。十歳以上年下となると、肝心の子を成すのも難しいし。
まぁ、本当にこの一年でマリアンヌ様との間にお子が産まれれば、何も問題はないのだ。
「私は、何をして過ごそうかしら」
側妃の義務は実質免除され、ペリドート宮の運営は既に過不足がない。正しい報告書に目を通すだけの日々になるのだろうか。
退屈と怠惰をまとった空気は、甘美でいてゾッとさせた。




