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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第35幕 子供は真理

 一緒に作業をして、一緒に食事をする。それだけで、領民との距離が大分近くなったように感じるわ。

 ファビオ様が参加されたことには驚いたけど、結果的には良かったと思う。思うことはあっても(おもね)るしかなかった領民にとって、実際のファビオ様と触れ合えたのは意識の変化に繋がったのではないかしら。もちろん、この集落だけのことではあるけど、存外噂とは回るものよ。

 派遣頂いている技術者と交流することで、領地が分割された弊害についても、少しずつ前向きになってきたタイミングだったしね。


「クララさま、お茶どうぞ」


「あら、ありがとう」


 可愛い声に微笑みを浮かべる。

 薬草を乾燥させる傍らで子守をしていた子供たち。一緒に昼食を取る間に、随分と慕ってくれたみたいで嬉しい。


――おいもさま?


――めがみさまなの?


――おひめさま、だよ。


 最初に声をかけてきてくれた時は、マチルダが卒倒しそうになっていたけどね。

 子供は大人の会話を案外きちんと聞いているものよ。言葉には気をつけないとね。まぁ、芋も女神も姫もどれも微妙に違うというか、何というか。王族の存在は領民にとって遠いものなのだろうと実感するわ。

 結局、クララさま呼びで子供たちの間では落ち着いた。クラリッサは、発音するのが難しい子も、まだ多いみたい。


「みんなもちゃんと飲んでいるかしら?」


 周りに集まってきてくれた子供たちに声をかける。お昼を過ぎた頃とはいえ、まだまだ気温は高い。水分を取るのは大事よ。


「カモミール、おいち」


「のんだよ!」


 元気な声が返ってきて安心する。


「ちゃんと飲めて偉いわね」


 小さな子の面倒を見る子供も、まだ幼いと言っても差し支えない。もう少し上の年齢になると、みんな、薬草摘みに関わるようになっていくのよね。この村の当然だし、そうして社会が回っているのだと思えば、安易なことは言えない。でも、この子たちにも学習の機会があれば、薬草の関わり方もまた変わってくるのかもしれない。


 文字を読めること。計算ができること。魔力を正しく扱うことができること。


 この三点だけでも随分と変わってくるだろう。ファビオ様に技術者の派遣を頂いているけど、加工して販売もするとなると、やっぱり学習も必要になるのよ。だけど、子供は村にとって大事な労働力の一つよ。

 未来を見据えるか、今を第一に考えるか。

 簡単なことではない。私に出来ることと言えば、選択肢を提示し、選べる環境を整えていくことかしら……。

 二年では足りない。マリアンヌ様と連絡を密にする必要があるわ。


「悩み事ですか」


 子供たちを眺めながら難しい顔になっていたようだ。ファビオ様の気遣わしげな瞳に、私は曖昧な笑みしか返せない。


「領地を発展させていくのに悩みはつきませんわ」


「それは、そうですね」


 花の都として名を馳せているブオナパルテ領だけど、活気があれば、問題だってあるものだ。多種多様な人々が暮らしているのだもの。領地を運営していくことに、簡単なことなんてないわよね。

 ファビオ様は苦笑いを浮かべる。それさえも絵になるのだから、美丈夫はずるい。


 そんなファビオ様に、小さな子供たちは興味があるようで、私同様、お茶を差し出されたり、じゃがいもを渡したりしている。拙い給仕に親たちはハラハラしていたけど、鷹揚に受け入れるファビオ様の様子に、悪い噂がまた一つ消えたのを感じるわ。


「ファビオ様は子供にも慣れていらっしゃるのですね」


 未婚なので、当然お子はいらっしゃらなかったはず。非嫡出子の噂も聞いたことがない。


「ええ、街に出れば、自然と関わることは増えますから」


「ああ、そう言えばそうですわね」


 変装して視察に出られる方だ。公爵と知らずに接する子供たちもいたでしょうね。


「孤児院に行けば、一緒に遊ぶこともありますよ」


「まぁ、どのような遊びを?」


 王族と平民では、遊びの内容も違いそうだけど……。そこは子供たちに合わせていくらしい。孤児院ごとに流行りも違うようね。

 話を聞いていくと、民の視線に立てる人なのだと、良く分かる。

 子供に対する忌避感もないみたい。であれば、婚約者さえいない現状は少し不思議だ。お兄様の問いにも、この数年は予定がないときっぱりと告げられていた。

 ……この数年。


「やはり継嗣を気にされているのかしら」


 思わずこぼれたつぶやきは、隣に座るファビオ様には隠しようもない。


「そうですね。兄に子ができないと、何かと面倒ですから」


 気分を害された様子もなく、むしろ疑問を察して、あっさりと答えられる。具体的なことは話されないけれども。二ヶ月しかいなかった私でも、王宮の派閥を感じることは多かった。十八年もいれば、尚のことよね。ましてや第二王子だったのだし。

 だからって、王都から離れたレケメデル領に来てまで暗くなる必要はないわ。


「では、マリアンヌ様がご懐妊されたら、慶事が続きそうですわね」


 ファビオ様は、一度、瞬きをされる。意外なことだった? でも、すぐに笑みを浮かべられるわ。


「そうなると良いですね」


 うん、この笑顔を前にして婚約に頷かない令嬢はいるのかしら? ちらりと黙して控えるベルとディアに視線を向けると、さっと逸らされたわ。美の暴力って怖いわよね。


「ごかいにんってなぁに?」


 不意に甲高い声が響く。

 おっと、他の人の目も多い場所で話すようなことじゃなかったわね。悪気はないって分かっているから倒れないでね、マチルダ。


「子供ができるってことよ」


 簡単な言葉で言い換えれば、つぶらな瞳が私とファビオ様の間を行き来する。そして、大きく頷く。


「クララさまと王子さまの?」


 え、私の子供? 王子様って、もしかしなくてもファビオ様のこと? 確かに王子様だけど、今は公爵様なのよ。義理の姉弟だから、私たちは無理なのよ。子供に話しても無意味な言い訳が一瞬頭を過り、でも口にはできなかった。

 子供の無邪気な言葉って、心臓に悪いわ。


「違うのよ、王子様のお兄様の子供よ」


 一応間違えのないように答えたけど、きちんと伝わっているかしら。頷いてくれたから大丈夫なはずよ、たぶん。


 静かなファビオ様に目を向ければ、俯いていて表情は見えない。でも、耳がとても赤かった。

 ……うん、赤い。

 午後は陰干しの作業だったのに、何だかとても暑かったわ。


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