第34幕 作業服は必需品
よく晴れた青空。絶好の農作業日和よ。
「あの、本当にする、のですか?」
「もちろんよ。色々と教えてくれると嬉しいわ」
笑顔で返せば、マチルダの顔は少し引きつった。うん、王族が一緒に薬草摘みしたいなんて言えば困惑するよね。分からない訳ではないけど、この農作業を通じてもう少し心の距離が近付けば良いな、と思う。
「クラリッサ様は寛大な方なので、大丈夫ですよ」
側妃の専属メイドではあるけど、貴族の出ではないダニエラが間を取り持つようにマチルダに話しかける。少し安堵したような笑みを見せてくれるわ。
「芋掘りを思い出しますね、クラリッサ様」
「そうね。でも、芋掘りほど力は必要ないのかしら」
芋も一つ二つなら、さして重労働ではなかったけど、畑一つ分となるとね。数人がかりでも大変だった。薬草は掘り返す作業がない分マシかと思うけど、薬草畑も広いからねぇ。中腰での作業も多いし、腰を痛めないように気をつけたい。
「……芋の女神様」
マチルダが思い出したように呟いている。
うん、親しみを持ってくれるのなら、芋の女神でも何でも良いわ。呼称はさておき、ポジティブな言葉だと思うし。親しくなれるのなら、全く問題ないわ。
でもね、私の隣に視線が動くと、また緊張した顔になる。
「私にも色々と教えてもらえると助かる」
柔らかい声色。
それにも関わらず圧倒的に高貴なオーラがあるのよね。
「ファビオ様もブオナパルテ領ではよく農作業をされるのですか?」
うん、何故だかファビオ様も作業服スタイルでいらっしゃるのよね。いつの間に作業服を用意されたんだろう。そもそも正真正銘の王族の血筋なのに農作業をさせて良いのかしら。
「いいえ。さすがに公爵領では止められてしまいますね」
ですよね。
だのに、薬草摘みに参加するという私に、ファビオ様もついてくることになった。応接室で、ちょっとした雑談のつもりだったんだけど、意外と好奇心旺盛な方なのだと思う。
ファビオ様の隣では同じように作業服に着替えたモーリスが、頭を下げている。従者でも止められないらしい。
まぁ、私が言えたことじゃないしね。
「では、今日はお互い初心者として大いに学ぶとしましょう」
「はい、そうですね」
頷き合ったところで、改めてマチルダに向き直る。
「忙しい時に待たせてごめんなさい。早速教えてもらえるかしら」
「え、あ、はい」
あ、謝罪したら驚かせちゃうわよね。つい芋掘りしていた頃の感覚になっていたわ。師事する形で教わっていたから、間違えば叱られるのも当然という環境だった。今はまだ戸惑いが強いと思うけど、マチルダにもいつか慣れてもらえたら嬉しいわ。
「で、では、カモミールの採取をしていきたいと思います」
言葉を受けて辺りに目をやる。一面、カモミールの花畑よ。パッと見は薬草を育てているなんて見えない。
「まず花ですが、この黄色い、中央部分を見てみてください」
ふわりと鼻先を花の香りが覆う。晴天の午前中が、香りが濃く採取に向いていると聞いていたけど、本当に濃厚な香りね。
「この黄色い部分が、その、膨らんで、花びらが反り返ってきたら採取のタイミングです」
言いながら、指の間に花を挟んで摘み取る。私も確認して、一つ摘んでみる。割と簡単に採れるわ。でも、この採り方って、ユセフィナのカモミール茶の味に関する進言がされてからなのだそうよ。以前は茎の部分を少し含めて切り取っていたの。でも、そうするとお茶にした時に苦味が出てしまう。家庭で飲むものであれば、それも好みの内で気にならなかったのだろうけど……。商品として売っていくのであれば、こだわっていく必要があるのよね。
この短期間で周知して対応してくれたユセフィナとマチルダたち領民には感謝ね。
花の後は茎と葉の部分も別々に回収していくわ。この時に気をつけるのは全てを切り取ってしまわないことね。切り戻しをして、次の成長を促すようにするみたい。素人目には判断が難しいわ。
今日の所は花の摘み取りだけするのが無難ね。
そうして午前中いっぱい花の摘み取りをすると、指先からカモミールの香りがするようになったわ。
「お疲れ様でした、ファビオ様」
お昼を兼ねた休憩の際に声をかけると、疲れを感じさせない笑顔を返されたわ。
「いえ、クラリッサ様こそ、お疲れ様です。お掛けになられますか」
休憩場所は、薬草を陰干しにすることも兼ねている小屋よ。扉がなく開放的で、風遠しも良い建物なのだけど、きちんと椅子が用意されている。アドリアンかディア辺りが気を利かせたのでしょうね。申し訳ないけど、使わないとみんなも落ち着かない。これでも王族だからね。
「ええ、ありがとうございます。ファビオ様は農作業は初めてだったのですよね? 随分慣れているように見えましたわ」
「そうですか? 剣の鍛錬とは違いますが、身体を動かすことには慣れているからでしょうか」
隣の椅子に腰掛けたファビオ様は、普段よりも薄着の作業服。いつもより胸板が目立つ気がする。鍛錬と言われたからよ。他意はないわ。
「剣術……そちら方面の才は残念ながらないんですよね」
「そうおっしゃるということは、鍛錬されたことが?」
「ええ、領地を割譲するという話になった時に少々」
ただの令嬢なら護身術だけで良いんだけどね。領主となれば表に立つこともあるから、一応ね。あと妃教育の一環でも、少しだけ。まるで様にならなかったわ。
「体力がついたのであれば、無駄ではなかったのだと思いますよ」
「そうですね」
体力はそもそも芋掘りで鍛えたと言えるかもしれないけど……。言わぬが花よね。ベルから習得した右ストレートも、鍛錬の基礎があったからこそと思えば、本当に無駄なことなんてない。
「ファビオ様は今も鍛錬をされているのですか?」
「ブオナパルテ領にも騎士団はいますから。朝と夕に、公務が許す限りしていますね」
「立派な領主がいらっしゃって、ブオナパルテ領は幸せですね」
「ありがとうございます。レケメデル領にとっては、クラリッサ様の存在が幸いとなるでしょう」
あまりにも自然に笑みを向けられるものだから、思わず言葉につまってしまう。その信頼に応えたいと思う。王族の顔で、そうありたいですわ、と頷けば胸の奥に不意に沸いたざわめきから凪ぐ気がする。
「芋の女神を返上して、薬草の女神を目指そうかしら」
冗談めかして笑えば、もう大丈夫。
尚、昼食に用意されたのは茹でたじゃがいもだった。うん、返上する日は遠そうね。




