第33幕 伝承は事実
ペリドート宮の図書室には、ドワーフや妖精を題材にした本があった。おとぎ話だったけどね。それでも何か手がかりがあるかも? と思い、ペリドート宮から取り寄せた。マリアンヌ様にレケメデル領の経過を報告する必要もあったし、手紙を出すには丁度良いタイミングだったわ。
そして、本にはマリアンヌ様の手紙が添えられていた。
え、マリアンヌ様自らペリドート宮に行かれたのかしら。いえ、きっと、メイドや侍女が対応したのよね、うん。アウジリオ様の夜の訪いのせいで疲弊された様子だったし、無理せず大事にして頂きたいわ。
次に手紙を出す時には身体に良い薬草か薬も一緒に贈ろう。ご懐妊の助けになるものがあれば一番良いんだけどね。ユセフィナに聞いてみると、妊婦はむしろ控えないといけないものの方が多いというのよ。難しいわ。
マリアンヌ様の手紙は、ジャーダ宮やペリドート宮の様子を簡単に書かれたものよ。あまり内情は書けないから仕方ないわ。
その手紙によると、アウジリオ様は夜の訪いだけでなく、公務にもより精力的に取り組まれているようよ。私とのことは、アウジリオ様の明確な失点になった。後継に無関心、王太子を降りたい意思表示と解されても仕方ない行いだったもの。それをカバーできるよう、能力で地位を示そうとされているみたい。
継嗣についての朗報は、まだないみたいだけど……。
一年以内に子を成すという区切りを考えると悩ましいところね。
うーん、二年後、私は側妃から解放されたら何をしているのだろう。変わらずにレケメデル領に関わっていきたい気持ちもあるけど、私の一存では決められないもの。お父様に改めて領地の割譲について相談する方が、まだ現実味があるかもしれない。あ、その頃にはお兄様が伯爵になっている可能性もあるのかしら。だとすれば、男爵位を叙爵するのは今より簡単かも?
いえ、側妃という元王族の足枷の方が大きいかもしれないわね……。
「いかがされましたか、クラリッサ様」
思わず溜め息がこぼれ出ると、ダニエラが心配そうな瞳を向けてくる。
「大したことじゃないのよ。二年後、何をして過ごそうかしら、と思っただけよ」
軽くなるように笑みを浮かべて答えたけど、あまり通じていないみたい。ちょっと空気が重くなっちゃったかしら。
「四人で旅行に行くのもいいんじゃない?」
不意に明るい声が響く。本を抱えて執務室に入ってきたベルだ。
「私がノックする間くらい、待てませんの?」
不満顔を覗かせるディアも続く。ベルは両手が塞がっているけど、ディアは片手が埋まっているだけだ。あれ、ベルはどうやって扉を開けたのかしら。まさか、足じゃないでしょうね……。
じっとベルを見ると、あはは、と曖昧な笑みを返された。
「次からはノックしてね」
幸い、今部屋にいるのは見慣れた者ばかりだ。ファビオ様がいない場で良かったわ。本を運んでもらうよう頼んだのは私だしね。届けられた本は、一旦領主館の図書室に置かれていたのよ。
「はい、すみません」
犬耳が垂れるのを幻視してしまった。ダニエラは姿見の魔法を使ってないわよね。うん、使ってないわ。ベルの憎めない性格のせいね。
「分かってくれればいいのよ」
微笑みを返せば、ベルの気持ちも少しは落ち着いたかしら。
「四人での旅行となると国内になるのでしょうか」
「そうねぇ。結局、護衛たちがつくから、四人だけというのは難しいかもしれないわね」
ダニエラは気遣うように話を拾い上げる。対してディアは現実的ね。
実際、四人での旅行が実現するのなら楽しいでしょうね。ダニエラが言うように元王族が国外に出るのは難しいだろうし、仮に行けても近場がせいぜいだろうけど。
「いつか行けるといいわね」
肯定も否定も今はしない。だけど希望も捨てない。
頷いて笑みを交わし合ったところで、改めて運んでもらった本に目を向ける。
「それにしても、本の量、結構多かったのね」
ペリドート宮は物語中心の図書室だったけど、それでもドワーフに関する本はそこまで多くなかったと思うわ。
「正妃殿下の所蔵されていた本もあるようでしてよ」
「まぁ、そうなの? お礼の手紙を書かなくてはね」
目録に目を通していたディアの言葉に、ちょっと驚く。
ジャーダ宮にある本なら物語以外のものもあるのかもしれない。
ドワーフはおとぎ話の存在じゃない。ちゃんと実在する種族よ。ただテッラニア王国と正式な交易がないが故に、民の間ではおとぎ話同然の存在なのよね。私自身、実際に会ったことはないし。
でも、鉱物に閉じ込められた植物についてドワーフが手がかりになるのなら、今後関わる方向になるはずよ。交流するのなら、友好に接したいもの。見た目は身長以外、人間と変わりないと聞くけど、気を付けなければいけないことはあるかもしれない。
ドワーフの資料があるのなら助かるわ。
「また読書かぁ」
淑女らしいことが苦手なベルは、げんなりとした顔ね。それでも一冊手に取ってくれるのだから、真面目よね。本の虫であるところのディアは、読んだことある本もあるわ、と呟いている。
私は、初めて読む本の方が多いかしら? ペリドート宮にあった本は目を通したものもあるけど、ジャーダ宮から届けられたものは見たことないものばかりよ。
ダニエラが用意してくれたカモミールのお茶を飲みながら読み進めていくと、ちょっと悩ましい感じになるわ。
「物語だと、悪者の扱いが多いわね……」
うん、ディアの呟きの通りよ。お姫様を地下に攫う悪漢なのよ。過去のいざこざが今にも響いているのね。正式な交流がないのなら、イメージを膨らましたものになるもの。
それでも鍛冶が得意でお酒が大好きというのは、共通した描写だわ。この辺りは事実を伴っている可能性が高いのかしら。
「鍛冶かぁ。大岩をも切り裂く大剣……。ふむ」
騎士志望だったベルは、ドワーフが造るという武器に興味津々みたいね。
でも、鍛冶が得意だとして、鉱物に閉じ込められた植物を武器に加工しているような描写は物語の中でもないわね。ドワーフたちはこの鉱物または植物を使って、何を造っていたのかしら。
武器なのか、日用品なのか、あるいは全然違うものなのか。
さっぱり想像がつかないわね。
「さて、マリアンヌ様が届けてくださった資料にも目を通しましょう」
物語は結局想像の産物だもの。現実とは違うことも多いでしょう。だけど、王太子の住まうジャーダ宮に保管されていた資料なら有益な情報も多いはずよ。まぁ、門外不出の資料は送って頂いてないだろうけどね。
「ふむ、物語のドワーフの描写も意外と確度が高い?」
悪漢としての描写は、もちろん過去に引っ張られた誇張よ。
でもね、身長が低く、お酒が好きで、鍛冶が得意というのはやはり事実なのよ。ドワーフが加工した剣が宝物庫にあるらしい。民間伝承も馬鹿にはできないということね。レケメデル領の町や村にも伝わる逸話が、案外あるかもしれない。今まで鉱物の話をしていても聞こえてくることはなかったけど……。
まだまだ民との交流が足りないのね。
カステッリーニ領では、民とどう交流していたかしら。
……芋掘りか。
植物の汁に汚れても平気な作業服も仕立てたわよね。うん、私は一度大きく頷いた。




