第32幕 動きは各々に
結局のところ、情報が不足していることに尽きる。
その結論に至るまで、大した時間は必要なかった。ドワーフと交流を持つ必要があると分かっただけでも良かった。問題はそのドワーフと交流を持つ方法なのだけど……。
まず、ネイサンはドワーフの集落で見たという船員に案内してもらえないか交渉することになったわ。その船員もあくまで見ただけで、ドワーフたちが鉱物の中の植物をどうしていたかまでは分からないらしい。集落に行ったことがあると言っても、ドワーフたちに信頼されているかというと、ちょっと違うみたい。案内となると難しいのかしら。
「見本に例の鉱物を持っていけば、ドワーフたちも興味を持ってくれるかしら?」
北部の村で集めてもらっているけど、既に小屋一つが埋まるくらいにはあるし、一つ二つ、見本に持ちだしても困ることはない。
「そうだねぇ。植物はいくつか種類があるんだよね? 何種類か持っていこうかなぁ」
レケメデル領で採取できる植物ばかりなので、植物自体には珍しさはないと思うけど、何がドワーフの興味を引くかも分からないものね。
「ええ、箱に入れて渡すわね」
「うん、ありがとう」
「いいえ、こちらこそありがとう。本当は私自身が行けたら良かったのだけど」
「それは無理だって僕でも分かるよぉ」
ネイサンは明るく笑う。
その笑顔にちょっと救われる気がするわ。
海を渡るとなると最低でも一ヶ月か二ヶ月かかかる。直轄領に移住しているとはいえ側妃だもの。そんなに長期間離れることは、早々許可が下りないのよね。伯爵令嬢であっても厳しいわ。お父様は絶対に許可を出さないだろう。ドワーフと正式に交易を結ぶのであれば、それこそ王太子や宰相の仕事になるだろうし。
側妃で伯爵令嬢の私の出番はない。
一応、側妃の言付けを受けた商人がドワーフの元に向かうことは、国に報告するけどね。半分おとぎ話の存在になっちゃっているのだ。さして警戒されないどころか、不審な目を向けられるのは想像に難くない。
とにもかくにも、ネイサンは旅立った。
「行ってくるねぇ!」
と、いつもの軽い調子で。
未知の土地に行くというのに、まるで近所に散歩に行くようなノリだった。
そうね、肩肘張っても疲れるだけよ。できること、分かることを一つ一つこなしていこう。
お兄様も数日滞在された後、カステッリーニ領に戻られた。
お父様とお母様に宛てた手紙も預けたので、変な心配をかけることはもうないだろう。お母様が、ほら見たことか、とお父様をからかいそうではあるけど、夫婦円満なのだから大丈夫よね。
「工房を建てる融資については、お父様にも話すから」
次期伯爵の顔ね。
もしかしたらドワーフも関わるかもしれないのだ。未知数ではあるけど、テッラニア王国にとって新たな歴史になる可能性はある。張りぼて側妃には荷が重いけど、お兄様はやる気に満ちていた。ドワーフの利益を受けるのなら、工房の融資だけでは弱いと思っているのかな。お父様に話が通ったら色々と協力してくれそうよ。
「ドワーフについては、うちの領地でも少し調べてみるよ」
とも言ってくれたのだ。私の記憶を掘り返しても、カステッリーニ領でドワーフに関する話は、民のおとぎ話でしか聞いたことはない。でも、伯爵家に代々伝わる資料には何か残っているかもしれないもの。
これでも由緒正しき伯爵家なのよ。最近は芋のイメージが強くなりすぎている気がするけど。うん、私のせいじゃないわ、たぶん。
そうして、お兄様も旅立って行ったのだけど……。
「ファビオ様、領地の方は大丈夫なのですか?」
うん、何だかほぼ毎日のようにファビオ様とお茶をしている気がする。
お隣で、簡単に行き来できる距離とは言ってもね。連日いらっしゃることになると、心配にもなるわ。
「ええ。必要なことはモーリスを始めとした文官たちに話してありますから」
さすが公爵領。優秀な人材が豊富なようだ。一先ず安心ね。
「そうなのですね。良かったですわ」
にっこりと笑みを浮かべ、カモミールのお茶を飲む。
「今日は早速、建築家の方を派遣して下さりありがとうございます」
「いえ、予算の目途も立ったのなら早い方が良いでしょう」
「助かりますわ」
今は代官のアドリアンが対応してくれているわ。私がこの土地を離れた後も関わり続けるのは彼だもの。マリアンヌ様への引継ぎもスムーズに行くだろう。実際に使用することが多くなるユセフィナもついていてくれるから、実用性に優れた工房になると思うわ。
私が出しゃばる所ではない。
分かっているけど、ちょっと物足りなくも感じるのよね。
離縁した後も領地に関わることが出来れば良いのだけど……。あれこれ手を回せば自然と愛着も湧いて来る。領民たちの行く末を見られないのは、少し寂しいわ。でも、正妃殿下の管理する直轄領に元側妃がいるというのも、色々と難しいわよね。
結局、今の距離感が後々の混乱も生まないのかもしれない。
「何か気掛かりでも?」
おっと、すぐに顔に出ちゃうのも直さないとね。王族として微妙すぎるわ。
「大したことではないのです。王族でもままならないことは多いと、少し考えただけですわ」
「そうですね。王族は権力者ですが、存外自由には振る舞えないものです」
実感のこもった言葉に、ファビオ様をじっと見つめてしまう。
第一王子が王太子になってすぐに公爵になったファビオ様。一応、今も殿下と呼ばれる立場だけど、臣籍降下した事実は変わらない。御母堂様である側妃殿下を亡くし、王妃殿下の庇護下に入られたけど、王族のままでいることに思う所はあったのだろう。
華美なことを殊更嫌ったという側妃殿下。それは、きっと、気楽に触れて良いことではない。
「今はどうですか? 公爵領では領民たちから愛されているでしょう? 自由でもいられるのでは?」
何と言っても全領民の孫なのだ。
「自由に振る舞えば、きっと背を向けられることも多くなるでしょう」
結局、公爵という地位に就いても、ファビオ様は自身を犠牲にするところがあるようだ。それはファビオ様の持って生まれた性格なのかもしれない。
でも、もし自由に笑うことができたら、どんな表情になるのかしら。不意に思い描いてしまった笑顔を、私はすぐにかき消した。
笑顔を、想像しては、いけないわ。
中途半端に神妙な顔になって、そうなのですね、と頷くに留まった。
アドリアンとユセフィナが建築家を伴って戻ってくるまで、他愛のない、ささやかな時間は流れた。




