第29幕 身内は鋭い
レケメデル領の現状についてかいつまんで話せば、お兄様は深く頷いた。思慮深さを感じさせるわ。
「つまりカモミールを使ったお茶を流行らせたいんだね」
他領にも流通しようと考えれば、そうなるわ。薬草のお茶なんて、と忌避感を持たれては在庫を抱えるだけになって、更に財政を圧迫してしまう。
「でも、工房かぁ。どれくらいの規模を考えているんだい?」
「そうですわね。カモミールを乾燥、保管できる倉庫も併設したいですし。作業には基本的に領民を雇うから寮はいらないだろうけど、その分、工房の規模は確保したいから……」
頭に設計図を思い描く。
「あ、工房でも直接販売できるスペースがあるといいわよね」
「うーん、この領主館ほどの大きさかな?」
「いえ、そこまではさすがに」
こぢんまりとした領主館と言っても、あくまでも王族の住まいとしてだ。
お兄様は少し思案したかと思えば、すぐに笑みを浮かべた。何か計算できたのだろうか?
「そうだね、まずは建築家に設計を依頼して見積もりを出してもらおうか」
「ええ。けれど、レケメデル領に予算の余裕がないのですわ」
「え? 思った以上に王家は困窮しているのかい?」
困惑させてしまったわ。現状、国が傾くようなことは起きていない。単純に私の立場が弱いだけよ。
「少なくとも側妃の歳費は余っていますわ。でも、派閥争いが大好きな人はどこにでもいるでしょう?」
「あー、そうだね。確かブオナパルテ公爵殿下とも交流があったんだね。想像力が豊かな方がいるのかな?」
「具体的には。でも、色々と進言してくださる方はいましたわ」
「二ヶ月の間に?」
そうなのよ。王宮は伏魔殿よ。マリアンヌ様と友誼を結んでいるから表立っては大丈夫だけど、アウジリオ様と対立する人はいるし、公爵になったはずの第二王子殿下を担ぎ出そうとする人はいるのよ。
「移住できて良かったね」
「ええ。なので、歳費は使いたくないのです」
「余計な憶測は生まない方が良いからね」
「援助頂けるかしら?」
お兄様はにっこりと微笑む。悪戯な笑みよ。
「カモミール茶の利益の五割はもらえるのかな?」
「一割でお願いしますわ」
「うーん、三割かな」
「もう一声」
「ふふ、二割で良いかな?」
「ええ、お願いしますわ。二割なら他にも頼めるでしょう?」
お兄様は笑った。
交渉成立ね。元より五割なんて希望されてないし、色々と援助してくださるつもりだったのだろうし。形だけの交渉だけどね。でも、交渉したと言う事実は大事だわ。
「アドリアンに書面に契約をまとめてもらいますわ」
「分かったよ。建築家の当てはあるのかな?」
私自身に伝手はない。けれど、この五年の間に、レケメデル領に新しい工房を建てた建築家はいるのよね。そして、その出来に不満の声は聞こえてこないわ。薬草の加工を教えてくれている技術者からも改善の要望はなかったはず。薬草の加工に長けた者から見ても使いやすいということよ。
「それもアドリアンに聞いてみましょう」
うん、二人でこれ以上話し続けても進展はないわね。私はベルを鳴らしてアドリアンを呼んだ。すぐに馳せ参じてくれたわ。
「レケメデル領の代官を務めますアドリアン・ジャノーでございます」
お兄様への挨拶も丁寧よ。あくまでも次期伯爵だから、立場としてはアドリアンの方が上だと思うけど、側妃の身内として遇してくれているのね。一回り以上年上のアドリアンに畏まられても、鷹揚に対応する辺り、お兄様も慣れているのかしら。職位を継ぐ日も遠くないのかな。
まぁ、レケメデル領のために出資してくれる人だからね。アドリアンとしては丁寧に接するだろう。
「工房の建築家だと、ブオナパルテ領出身の方でしたね」
アドリアンの回答には、私の笑顔が固まったわ。
元第二王子として、直轄領であるレケメデル領を本当に以前から気にかけて頂いていたのだわ。
一つの領に頼りきるのはやめようと思ったのに。結局お願いすることになりそうな現状に、溜め息が出てしまう。
「薬とお茶の制作に違いは多いのかな?」
お兄様が私の態度を誤解する。ここはきちんと否定するところね。
「いいえ。薬草の加工という意味では共通点も多いかと思いますわ」
主に使う部位は違うと言っても、洗ったり陰干ししたりするのは変わりないわ。
「であれば、同じ建築家の方がより適したものを設計してくれるし、良いんじゃないかな」
「ええ。でも迷惑じゃないかしら」
「迷惑?」
お兄様が首を傾げる。
「ブオナパルテ公爵殿下も無償で提供されている訳ではないだろう?」
「ええ。薬草茶の利益の分配率に関しても契約書を交わしていますわ」
でも、と言葉を濁す私に、お兄様は目を瞬く。
「ブオナパルテ公爵殿下とは学園で同級であっただけだけど、公正公平な方だったと思うよ。無理強いされたりすることもないだろう」
そう言えばファビオ様とお兄様は同い年でしたわね。
伯爵家と言えば、一応高位貴族よ。それでも気楽に関わることができないのが王族という存在なのよね。私も今は王族だけど、その自覚は足りないままなのかもしれない。だから、ファビオ様との関わりが深くなることに躊躇いを覚えてしまうのだろうか。
無駄に派閥争い大好きっ子を誘因してしまうという懸念以上に。
「クララ」
不意にお兄様の声が生真面目さを帯びる。
「はい。お兄様」
「一度、ブオナパルテ公爵殿下とお会いする機会は作れないかな?」
意外な申し出に、今度は私が瞬きをする番だった。お兄様は権力に然程興味を持たれていないと思ったけど、爵位を継ぐことを前提すると考えも変わるのかしら。
身内とファビオ様の会う機会を作る。
実際、難しいことじゃないわ。お兄様とファビオ様は全く認識のない間柄でもないようだし。でも、不安に胸を鳴らしてしまうのは何故。
何も悪いことをしている訳じゃないのに……。
お兄様は柔軟で日和見。でも頑固なところもある。この笑みを妹の私では崩せない。二十年の付き合いは伊達じゃない。
私はダニエラに便箋の用意を頼んだ。




