第28幕 身内は味方
カステッリーニ領を継ぐ次期伯爵であるところのお兄様、ルードヴィクは妹の私から見ても無害な人物だと思う。
貴族の社交もそれなりに大事にするけど、民のことを第一に考えて物事に対応していると言えば、領民にとっては親しみやすい領主となるだろう。私が領地経営をしたい、と願いを告げた時も頭ごなしに否定することはなかった。民とともにあることを、まず説かれたわ。民にも貴族にも優しい。
良く言えば柔軟で、悪く言えば日和見。
そんなお兄様が側妃となった私に手紙を出した。それも移住先であるレケメデル領に宛てて。
「実家で何かあったのかしら?」
不安が掠めたけど、それならお父様から届くはずだ。現伯爵なのだから。もしお父様が急病だと言うならお母様から届くだろうし。何より手紙にその旨が記されるはずよ。
けれど、届いた手紙にはお兄様の近況の挨拶と近々会いたいという希望だけ。カステッリーニ伯爵家の紋章で封蝋されているのだ。両親も把握しているはずだ。
「ダニエラは何か聞いている?」
「いえ、特には聞いておりません。使者の者も特段慌てた様子などはございませんでした」
「ますます謎ね」
私たちは互いに顔を見合わせる。もちろん答えが思い浮かぶこともなく。ベルとディアにも一応確認してみたけど、領地周りの目立った噂はないようだった。
「まぁ、会えば分かるわよね」
不仲じゃないんだし。側妃となった時には、もう気軽に会うことも難しいだろうと覚悟していた。それが、こうしてあっさりと会えるのだ。移住して正解だったわね。
私は深く考えることをやめてお兄様に手紙を返した。
緊急性もなさそうだし、会えるのは一ヶ月後くらいかな?
なんて思っていたら、わずか二週間でいらっしゃったわ。いや、まぁ、レケメデル領とカステッリーニ領は、そんなに離れている訳じゃないけれども。私の手紙の返事を見て、すぐに出発された感じよね。先触れとほとんど変わらなかった。
やっぱり何かあったのかしら。
不安に駆られたまま領主館でお兄様をお迎えした。
「側妃殿下、急な訪問の許可を頂き感謝いたします」
「お兄様、面を上げてください。それと、いつも通りでお願いします」
頭では理解していても、身内に臣下の礼を執られると、何だか気まずいわ。王族として、側妃として、きちんと公務を行っているのならまだしも、実態は伯爵令嬢の頃と変わらない訳だし。
「ありがとう、クララ」
微笑むお兄様は、少し緊張が取れた様子ね。やっぱり妹に対して畏まるのは肩が凝るわよねぇ。
兄妹の笑みで、応接室へと移動する。
「それで、急にどうされたのです? 何かありましたの?」
挨拶もそこそこに切り出した。兄妹でまどろっこしい会話をしても仕方ないもの。お兄様はくるりと室内を見回した後で、安堵した息を漏らす。
「いや、お父様がクララのことを心配してね」
「お父様が?」
何かあったかしら?
「その様子だと本当に平気そうだね。安心したよ」
「えぇと、何かあったのはカステッリーニではなく私ということ?」
「そうだよ」
頷かれてもピンとこない。困惑する私に、お兄様は苦笑された。
「一般的な貴族令嬢の話をしよう」
「一般的な?」
なんだ、その枕詞は。まるで私が規格外のような言い回しじゃない?
「婚家で初夜を放棄される。基本的に夫と会うこともなければ話すこともない。嫁いで二ヶ月で別居する。これらは冷遇であり、貴族令嬢を貶める行いだ。婚姻という契約における重大な瑕疵なんだよ。たとえ王家であってもね」
うん、改めて並べるとひどい。
ちらりと壁際に控えるダニエラに目をやる。目を逸らされたわ。事実を報告したのだろうけど、私は気にしてないんだからフォローもしておいてちょうだい。
会わない話さないは、アウジリオ様の明確な失点よ。その態度から連なることとはいえ、初夜に追い出したのは私だし、移住を決意したのも私だ。
「ご心配おかけしましたわ。移住は自分で決めたことなので大丈夫ですわ」
「みたいだね」
一般的な令嬢じゃないもんなぁ、という思いが透けて見える笑みだわ。お兄様に今更取り繕っても仕方ないから、訂正しないけどね。
「お父様に気苦労をかけたようで申し訳ないわ。お母様はお元気?」
「ああ、お母様は、あの子なら大丈夫って笑い飛ばしていたよ。お元気だよ」
うん、私の性格はお母様に似たようね。
お父様の心配も、お母様の信頼も嬉しいわ。
「でも、たまには手紙を書いてあげてほしいかな。王宮は色々制約があるだろうけど、ここからなら出しやすいんじゃないかな」
あ、不義理な娘でごめんなさい。
どう伝えてもポジティブな内容にはならなかったから、結果的にダニエラに任せちゃっていたわね。これじゃダニエラを叱れないわね。私のミスよ。
「分かりましたわ」
「早々に懸念が解消できて良かったよ」
一息ついて紅茶を飲まれる。私も紅茶を口に含みながら少し思案する。
「ねぇ、お兄様。レケメデル領には何日滞在されますの?」
手紙にも先触れにも詳細はなかったの。余程、お父様にせっつかれてやって来たのだと思う。お兄様も暇ではないでしょうに。
「ああ、数日は大丈夫だよ」
「そうなの? お義姉様は平気なの? 今妊娠されているのでしょう?」
「二人目だからね。本人も平気だから、さっさと行けって送り出されたよ」
カステッリーニ伯爵家は女性が強いようだ。
それにしても二人目かぁ。一人目の甥っ子くんも赤ちゃんの頃に会ったきりになっちゃったわね。きっと私のことも覚えてないだろうなぁ。
「その内、里帰りもしたいわ」
「我が家はいつでも大歓迎だよ」
ありがとう、と微笑みながら、でも二年後に離縁した後でも受け入れてくれるだろうか? と少し心配になった。今相談しても、お父様に更に心労をかけるだけよね。もう少し間を置いて、それこそ二人目が産まれた頃に伝えるか考えましょう。
「何か心配事?」
「いえ、大丈夫ですわ」
咄嗟に否定した後で、でも、と考え直す。
側妃が実家に援助してもらうのはアリじゃない?
「ちょっとした相談がありますわ」
可愛い妹の可愛いお願いですわよ、というノリで切り出したけど、お兄様には通じなかったみたい。ちょっと笑顔が引きつったわ。
うん、カステッリーニ領にも利があるはずだからね、聞いてちょうだい。




