第27幕 運営は潔白第一
応接室は一週間使えなくなった。
二、三日で匂いは取れたみたいなんだけどね。あまりに強烈な腐敗臭、もとい発酵臭だったものだから、応接室に忌避感が出てしまって……。
ちなみに領主館に元からいる料理人はある程度慣れていたようで、じゃがいもやサワークリームを使って、ちゃんと食べられるものに調理してくれた。うん、食べられたのよ。意外と不味くはなかった。むしろ美味しい。
でも、アレをレケメデル領の特産として売り出すのは危険だわ。
薬草不足とは別の危機を呼び込むわ。
「無事に匂いが取れて良かったですね」
応接室に報告に来たユセフィナも安堵した顔だ。思わず苦笑しちゃうわ。
「領の発展のために色んな特産品が欲しいとは思ったけど、なかなかの危険物よねぇ」
「そうですね、他の特産品が流布してからの方が良いかと思います」
思わず愚痴をこぼしたら、ユセフィナが同意してくれた。
ユセフィナは直接の被害はなかったけど、うっかり応接室を訪れた際に鼻をやられたからね。言葉に重みがあるわ。
「変わり種の特産品があるのも、きっと悪いことじゃないのよね。たぶん」
「特定の時期や行事に出す際物扱いであれば、珍味として怖いもの見たさで訪れる人を増やせるかもしれません」
際物ねぇ。一体どんな行事であれば、あの強烈な匂いを受け入れられるだろう?
「世界一臭い食べ物がこんなに美味しく食べられる土地です! は、ちょっと微妙よねぇ」
すぐに活かせるような妙案は出てこないわ。
意外と美味しく食べられるから民に受け入れられてしまう可能性はある。だけど、芋の女神どころか腐敗臭の女神とか呼ばれ出したら、私、立ち直れないわ。
とりあえず湖の魚はお預け案件ね。
「それでは報告を聞きましょうか」
気を取り直して尋ねれば、ユセフィナも技術者の顔になるわ。
「はい、カモミールを使ったお茶ですが、魔法の使用の影響を確認してみました」
「効能に変化はあったの?」
「そうですね。微々たるものですがあります」
「薬にする時ほどの影響はないのね」
私の確認にユセフィナが頷く。
大きく変わらないのであれば、魔法が不得手な民の新しい職場として広く提示できるわ。その分、生産量も上げられるでしょう。
ただユセフィナの話を聞いていくと、良いことばかりでもないようだ。
花を洗う際に水魔法を使うと、効力を高める効果がわずかにあった。けれど、乾燥させる際に風魔法を使うと質にバラつきが出て、結果、味も落ちてしまうようだ。
また茎や葉の部分も試してみたけれど、かなり苦味が出るので、お茶には向かないとのこと。私も飲んだけど、確かに薬感が強かったわね。北部の薬草茶に比べるとマシだけど。
水魔法が良くて風魔法がダメなのは、均等に魔力を混ぜ込めないからかしら。
「水魔法が得意な魔法使いを雇い入れるべきかしら」
でも工房として稼働していくのなら、一人二人では間に合わなくなるだろう。
「あるいは領民の中から水魔法の適正がある者を育てて雇うのも一つだと思います」
「魔力の高い人がいるのなら、ありね」
レケメデル領の新しい特産とするなら、領民が深く関わる方が意識も高くまとまるものね。ファビオ様から派遣頂いた技術者たちのお陰で、レケメデル領の領民の魔法の精度は上がってきていると思う。魔力がどれくらい伸びるかは、今後次第だけど……。
「あとは他領に卸すことを念頭に置くのであれば、乾燥させた花びらのままよりも、製粉した方が良いかと思います」
花びらがガラスポットに浮いているのも華やかではあるけどね。広く流通させるのであれば、より多く運べるように製粉することも必要よね。
まずは半地下の作業場である程度生産することはできるだろう。
でも、すぐに手狭になる気がするわ。
ユセフィナと一緒に試作品作りをする規模なら、今の半地下の作業場でも事足りるのよ。だけど、あれこれ試す過程で分かったのだけど、一杯のお茶を作るのにカモミールは五個は必要なのよ。
一杯で五個。
そう、結局のところ、他領にも流通するような特産品を目指すなら、倉庫も備えた工房がないと話にならないわ。
でも、レケメデル領に新たな工房を建てる予算はない。
この五年の間に薬草の加工のために新規に建てた工房はあるの。加工に長けた者が少ないこともあって、正直宝の持ち腐れ状態だった。けれど、領民たちの魔法の精度が上がるに従って、少しずつ改善の兆しが見え始めていると聞いている。このタイミングで、お茶作りのために工房を横取りするのもねぇ。薬草に関わる領民の士気を下げかねないわ。
「うーん。予算かぁ」
私の呟きにユセフィナも困り顔。
ファビオ様には見返り込みだけど、ユセフィナを始めとした多くの技術者を派遣頂いているわ。ここで更に工房の融資もお願いすれば、対等な関係ではなくなると思う。領地の運営としても、一つの領のみと関係を深くするのはあまり健全とは言えない。
正直、ファビオ様はにっこり微笑んで援助してくださりそうだけどね。でも、だからこそ、おんぶに抱っこで頼りたくないと思ってしまう。
「私に個人的な資産があればなぁ……」
天井を見上げて唸る。
伯爵令嬢だった私に個人資産はない。男爵位を継いでいれば、その領地が資産になったけど……。どの道、直轄領の経営には使い込めないわ。
側妃の歳費はどうだろう?
現時点では、側妃として必要な作業服やドレス、ペリドートのネックレスを手配したくらいだから、実のところ、かなり余っている。ペリドート宮の改築もしなかったし、社交にも特に力を入れなかったもの。まぁ、側妃が社交を精力的に行ったところで良いことなんてないからね。
でもね、歳費が余っていると言っても、そして直轄領であると言っても、側妃に充てられたお金を使うのは用途が微妙なのよ。
例えば、直轄領に別荘を建てたいの! と言えば、あれこれ手続きはあるけど側妃の歳費で可能だろう。でも、直轄領に工房を建てて稼ぎを領地に還元したいの! と言えば、たぶん面倒臭い人たちが出てくる。
私はあくまでもレケメデル領に移住した身。マリアンヌ様の推挙があって、陛下と王妃殿下の許可も得ているため、実質、直轄領の領主のような扱いになってはいる。だけど、書類上の管理者としては代官のアドリアンのままだ。二年という期限がある以上、管理権限まで取得するのは後の混乱の元になると思ったのよ。
どちらにせよ、私は私腹を肥やすつもりはない。レケメデル領の発展のために使いたいのだ。本来なら問題ないはずなのよ。
代官に対する越権行為と言われるくらいなら可愛いもので、退けることもできる。でもね、直轄領を懐柔して新しい派閥を作ろうとしているだとか、商人や有力者と癒着しているだとか、横領だとか、何だったらファビオ様と共謀して謀反の基盤を作っているだとか、邪推される余地があるのが困るのよ。
それもこれもアウジリオ様が側妃を蔑ろにする態度を取り続けたせいよ。
「いっそ陛下に公認事業の一筆を頂けないかしら?」
そうすれば、面倒臭い人たちも黙ってくれる……はず。陛下に許可を頂いて移住していると言っても納得しない人には、そもそも通じないかな。
不意にノックの音が響く。
返事をすれば、頭を悩ます私にダニエラが手紙を届けてくれた。
「お兄様?」
意外な差出人に、私は首を傾げた。




