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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第25幕 半地下は第一歩

 半地下の作業場は、存外明るい。


 ペリドート宮の半地下は使用人で溢れていたわ。それだけ多くの人に支えられて生活していたのよね。対してレケメデル領の領主館の半地下は、規模が小さいのはもちろんだけど使用人の数は然程多くないのよね。ペリドート宮から連れてきた料理人やメイドが入ってちょうど良いくらい。代官はいても領主がいないと、人手は少なくなるものかしら。アドリアンだって、大体のことは自分でしてしまうものね。

 そんな訳で、半地下にはゆとりがあった。それこそ薬草の作業場を作れるくらいにはね。


「ユセフィナ、どうかしら。足りない物はある?」


「側妃殿下、そうですね、今すぐに不足する物はないかと思います」


 蒸留器、すり鉢、ざる、寸胴鍋と言った必要そうな道具は予め用意はしていた。とりあえずは数人での作業になるから、数はないけどね。研究しつつ作業していくには、たぶん大丈夫なはず。

 薬草の類もカモミールの他にもミントやタイム、ローズマリーなども集めてもらっているわ。栽培地だからね。集めようと思えば簡単なの。問題はこれらを無駄なくどう活用するかよ。


「まずは何をするの?」


 ぐっとやる気を漲らせる私に、ユセフィナが瞬きをする。視線が奥に動くわ。ベル、ディア、ダニエラ。いつものメンバーが控えているだけよ。

 ちなみにファビオ様は、今回は泊まることなく領地に帰られた。何日も留守にすることはできないものね。進展があれば手紙で共有することを約束している。鉱物に閉じ込められた植物についても引き続き調べてくださるそうで助かるわ。


「あの、側妃殿下」


「何かしら?」


「側妃殿下ご自身が作業をされるのですか?」


「……? ええ、もちろんよ」


 何を疑問視しているのだろう。私はレケメデル領の発展のために来ているのだ。その基幹となる事業なら直接確認するわよね。


「クララ、ちょっと良いかしら」


 たまりかねたようにディアが声をかけてくる。呆れを含んでいる気がするわ。


「クララは今は側妃なのよ。伯爵令嬢と同じように振る舞ったら驚かれるわよ」


 いや、伯爵令嬢でも平民に交じって芋掘りしないけどね、と小さく付け足されたけど、そこは聞かなかったことにしよう。

 でも、そっか。そうよね、王族なんだわ。指示するだけで物事を進められてしまうのよね……。

 分かるけど、やっぱり物足りなく感じてしまう。


「ユセフィナ、驚かせてしまったわね。私は領地のことに直接関わっていきたいと考えているのよ」


「かしこまりました」


 まだ戸惑いを含んでいるけど、頷いてくれるわ。ここは畳みかけましょう。


「あなたは私にとって薬草の教師よ。側妃ではなくクラリッサとして対応してくれると嬉しいわ」


 これから話す機会は増えていく。だのに、ずっと側妃殿下と呼ばれていたら息が詰まるし、積極的な意見を出しにくくなると思う。それは領地の発展のためにも良くない。


「か、かしこまりました」


「少しずつ慣れてくれたら嬉しいわ」


 無理強いしたい訳じゃないからね。まぁ、側妃の言葉として受け取られている内は厳しいかな。人間関係は一気に詰めても難しいし、少しずつよ。


「では、まずは通常の手順で薬を作ってみようと思います」


 気を取り直したように小さく咳払いをして、ユセフィナは行動指針を示す。


「薬を?」


「はい。私はブオナパルテ領でレケメデル領の薬草を取り扱ったことはあります。けれど、それは数日置いたものです。採れたての薬草の鮮度や効力を、まだ資料でしか把握しておりません。なので作り慣れた薬で状態の比較をしたいと思います」


 薬草は繊細なものなのね。生ものだもの。当然と言われれば、そうなのかもしれない。

 それに実際に薬を作るのは見たことがなかったので、単純に興味もあるわ。


「薬作りは私でもできるのかしら?」


「魔力操作が必要にはなりますが……。効力が落ちたものでも良ければ、魔法を使わずとも作れます」


「では、まずは見学させてもらって良いかしら?」


「もちろんです」


 ふんわりと笑みを浮かべる。銀髪と相まって、儚さがあるわね。けれど、ユセフィナの言葉は力強いわ。

 ユセフィナは早速手順を説明しながら作業を進めてくれる。


 今回使うのはカモミールよ。

 水蒸気蒸留でまず成分を抽出していくことになるみたいね。この際に使う水は魔法で出した水。効力を高めてくれるそうよ。いきなり魔法が必要だわ。

 芳香蒸留水と精油が抽出されれば、それぞれ別の薬に使うことができるのだとか。一先ず芳香蒸留水を取り出すと、精油に比べれば控えめな甘い香りがしたわ。そして、さらに魔力そのものを手のひらから振りかけるように注入したわ。魔力を身体の外に出そうとすれば、本来水や火の形になるものよ。

 魔力だけを出す。

 簡単なようでセンスが必要なことだわ。私にできるかしら。


 そうして出来上がった薬は、鎮静剤。炎症を抑える効果もあるわ。

 ユセフィナは簡単に作ってくれたけど、今のレケメデル領で薬の加工が盛んにならない理由もよく分かったわ。

 平民で魔力の多い者や、魔法の才に長けた者は少ない。今、ブオナパルテ領から生成方法を教える人材を派遣してもらっているけど、魔法を使わない効力の低い薬しか作れないかもしれないわね。


「ありがとう、ユセフィナ。勉強になったわ」


「いえ、まだ基本的なものですから」


「そうなの? 他にもやり方があるのね」


「はい。ただこの方法が薬草の鮮度や効力を確認するのには一番適していましたから」


 他の方法。でも魔法がないと効力が弱くなるのでしょうね。やはり薬以外の特産品が必要よね。できれば魔法を使わずに出来る物で。


「それで、効力はどうかしら? 見た目でも分かるものなの?」


「はい。濁りなく透き通っている物は鮮度が良いのです。それに、ご覧ください。キラキラしているのが見えますか?」


 ユセフィナが差し出してきた小瓶を受け取る。

 本当だわ。金粉を散らしたようにキラキラしている。


「これが魔力?」


「はい、その通りです。やはり産地で採れたての物を使うと仕上がりも変わりますね」


「良い物だと思って良いかしら」


「もちろんです。この鮮度と効力。味わいを壊さずにお茶にできたら、きっと大人気になりますわ」


 健康を助けるものになりそうね。

 美味しくて身体にも良いとなれば愛飲する人も増えるわよね。あとは手ごろな価格で用意できれば広く飲まれることになると思うけど……。


「まずは品質の安定、それから量産体制の検討になるかと思います」


 ユセフィナの提案に私は大きく頷いた。

 レケメデル領の立て直しの大事な一歩を踏み出せたように思えて、胸が高鳴ったわ。

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