第21幕 晩餐は青の時間
南部の町や村も確認しましょう、となったけど、さすがに一日で回ることはできない。元より一日では足りない広さだけれど、北部の村に行くに当たってドレスから作業服に着替えていたから、尚のことね。時間が足りないのよ。
だから視察の続きは翌日にお預け。
それは仕方のないことだし、問題ないのだけど……。
いくらお隣の領で、いくら元は同じ領で、と言っても公爵を連日行き来させるのも礼儀的に微妙なのよ。前回はブオナパルテ領を経由して、ファビオ様に案内して頂く体だったから大丈夫だったけど……。
今回は私が招待した形だもの。
もう間もなく日が暮れる時間帯になってしまったのなら、どうぞお泊りください、と勧める他ないの。領地を繋ぐ街道が整備されている訳ではないし、夜行性の獣や野盗の懸念を考えれば当然ね。招待する際に一応想定していたし、使用人たちにもその心積もりはしてもらっていた。ペリドート宮から引っ越してきた料理人なんかは、こういった事態にも慣れているものよ。元々、領主館に勤めていた者にとっては、良い勉強の機会になるわ。
悪いことではない。悪いことではないけれど……。
「大丈夫かしら?」
思わず不安がこぼれ落ちた。
「何か心配事でもありますの?」
再びドレスに着替えた私の髪を整えてくれているディアが、鏡越しに視線を合わせる。ちなみにベルは、所謂侍女の仕事は不得手のことが多いから、ダニエラと一緒に壁際に控えているわ。侍女兼務というより、もう護衛専任よね。
「ええ、改めて考えてみたのだけど、私、家族以外の男性と二人で晩餐をするのって初めてなのよ」
「それは……そうですわよね」
ディアも思わず言葉に詰まってしまった。
伯爵令嬢時代なら幼い頃にお兄様と一緒に食事をすることはあったわ。社交シーズンは両親二人で出かけることが多くなるから、どうしてもね。でも、お兄様も婚約者ができると出かけることが増えたし……。そして、私は実質婚約者がいなかった。アウジリオ様と半年の婚約期間はあったんだけどね。ただの妃教育期間だったわね。会う会わない以前に、手紙の一つもなかった。
右ストレートだけでなく、平手打ちと蹴り上げもしておくべきだったかもしれない。
「でも、ほら、お茶をするぐらいはあったでしょう?」
「まぁ、そうね、お茶をするだけならね」
でも、それもファビオ様とネイサンくらいじゃないかしら。
ブオナパルテ領に招待頂いた際には配慮してくださって、晩餐はせずにお茶を共にするだけに留めてもらった。でも、前回のレケメデル領の視察も含めれば、今回で三回目の交流となる。義姉弟の関係と言っても、晩餐に招かないのはさすがに角が立つのよ。
「お茶会と同じノリで大丈夫、なの?」
「たぶん」
随分と頼りない回答だ。髪を結う手を止めることなく、ディアは事実を告げる。
「この部屋で婚約者と夫がいたのは、あなただけよ、クララ」
夫まで過去形なのはどうだろう? と思ったけど、些事なので横に置いておく。そして、横目で壁際を見るけど、ベルとダニエラが首を横に振っている。うん、そうよね、ダニエラも結婚相手がいないから、ここまで付いてきてくれたのだ。
年頃の娘四人が揃っているのにね。男性経験値は、悲しいほど低かった。
「やっぱりベルとディアも同席しない?」
「無理でしょ」
二人から即答された。無情だ。
ダニエラはメイドだし、貴族の出でもないから仕方ないとは思える。でもベルとディアは貴族令嬢なのよ。侍女でも私の王族パワーで何とかならないかな?
「何ともなりませんからね」
この鏡には心まで映るのだろうか? 何も言ってないのに、ディアに的確に否定されたわ。
「口に出していなくても分かるわよ」
え、本当に?
「本当よ」
本当だったわ。妃らしい表情コントロールをすべきかしら。でも黙っていても伝わるのも、これはこれで便利なような。いや、ダダ洩れも困るか……。
「はい、髪、結えたわよ」
取り留めないことを考えている内に仕上がったみたい。
髪は、一応既婚なので高く結い上げられているわ。まだ二十歳だから細いリボンでかわいらしさを演出しているけど、基本は気品優先よ。ドレスもデコルテこそ見せるものになっているけど、胸元や背中までパックリ見えているなんてことはない。色合いも青に銀の刺繍が施されていて、落ち着きと慎ましやかさがある。かと言って地味ということはなく、ドレープが柔らかく華やかなものにしているわ。
「ありがとう」
にっこり微笑む私の首元に、ペリドートのシンプルなトップがついたネックレスが彩りを添える。側妃の証ね。当然ながらアウジリオ様が用意したものではなく、自分で用意したものよ。
今更、側妃に合わせたものを選ばなくても、とは思うけど、側妃の証は一種のお守りにもなってくれるわ。
まぁ、ファビオ様との晩餐で何かある訳ないけれどね。
領主館の晩餐室は、ちゃんと王族を招待できる格式がある場所よ。貧相なんてことは決してない。だけど、正装したファビオ様の背景になった瞬間、霞んでしまったわ。側妃の格に合わせた調度品でも敵わない。
煌びやか。
この単語が違和感ない人も珍しいわね。美丈夫と言う言葉で片付けて良いものか、もはや悩むほどよ。美の暴力ね。光の加減で黒に見えたジャケットは、よく見れば濃い青ね。図らずも合わせたようなコーディネートになっていて、思わず照れてしまう。ぎゅっと表情コントロールしてみたけど、大丈夫かしら。
「夜の女神もかくやの美しさですね。晩餐を共に出来ること、感謝します」
「ありがとう存じます。ファビオ様も月の化身のようで、目を見張りましたわ」
挨拶を交わせば、従僕が椅子を引いてくれる。ゆっくりと腰掛けて、もう一度笑顔。出だしはまずまずじゃない? わずか半年の妃教育だけど、活かせているはず。
テーブルは二人の晩餐ということで、比較的小さなものよ。会話にも困らない距離ね。そのテーブルに並べられていく料理は、王都でも慣れ親しんだもの。ファビオ様にとっても馴染みがあって無難だと思うわ。いずれはレケメデル領の特産でテーブルを埋めてみたいわね。
「おや、何か思いついたことでも?」
距離が近いと表情も見えちゃうわよね。私はもう一度笑顔でコーティングする。
「大したことでは……。いずれ特産品を使った晩餐会を開きたいと思ったまでですわ」
「それは薬草を使った料理、ということですか?」
ファビオ様が首を傾げる。
薬草料理かぁ。薬草茶の不味さを思うと、難しい気はする。でも湖の魚でテーブルを埋めることも難しいだろうし。やっぱりこの領地の特産は薬草メインになるのかなぁ。
「まだ何も決まっていませんわ。ただ特産品については色々と考えていきたいです」
「それは興味深いですね」
薬草の加工の多くを担うブオナパルテ領だものね。
「何か一つでも形になれば嬉しいですわ。ブオナパルテ領ではいかがですか? 民たちの活気もありますでしょう?」
レケメデル領はまだ原石が転がっている感じだもの。先は長いわ。でも、ブオナパルテ領は既に花の都として名を馳せている。訪れる人が増えれば、必然的に文化も花開いていくものよ。
「そうですね。やはり花を扱ったものが主になりますね。花そのものも勿論ですが、花の香料を使った商品も増えていますよ」
なるほど。香水や香油はもちろん、花をあしらった栞もちょっとしたお土産に人気だと聞いたわ。花の都ならではね。
翻ってレケメデル領にも当てはめてみようと思うけど、薬草の香水の人気が出るとも思えないし、薬草の栞もねぇ。いや、薬草だって花を咲かすわ。薬草茶を愛飲している人がいないこともないらしいし、存外人気になる可能性も捨てきれないのかも?
ふふふ、と不意に空気を震わすような笑い声が響いた。
ファビオ様の楽しそうな笑顔。
「いかがされましたの?」
「いえ、クラリッサ様は本当に領主になりたかったのだと思いまして」
「そう、ですか?」
何故突然にその感想?
「領地のことを常に考えていらっしゃいますから」
おっと、薬草であれこれ考えていたことが筒抜けだったみたいだ。いけない、いけない、今は晩餐中よ。
「失礼しましたわ。つい領地について考え込んでしまうのは悪い癖ですわね」
「素敵なことですよ。手伝いが必要な時はいつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます」
お礼を言いつつも内心首を傾げていたわ。
ファビオ様、にっこにこの笑顔だからね。二人きりの晩餐。にも関わらず会話を楽しんでいないような態度だったのだから、本来なら叱られても仕方ないはずなのに。
寛大なお方なのね。
それに私が領地経営のことを考えても、呆れたりされていない。最終的に領地を割譲する約束までこぎつけはしたけど、そのお父様ですら最初は令嬢が領地経営に関わることに否定的だった。
貴族令嬢の幸せは結婚して後継を産むこと。
一般的な考えは理解しているし、その考えも否定はしない。でも、だからこそ私の考えも否定してほしくなかった。
肯定してくれる人がいる。
それだけで胸の奥が熱くなる。嬉しいと思ってしまう。
結局、晩餐はお互いの領地のことについて話すことが大半になってしまったわ。男性と二人でも、思いの外、楽しい食事の場になった。
色気ゼロね、とディアには後で溜め息をつかれたけど。
いや、色気があったらダメでしょ。




