第19幕 薬草茶は苦い
領主館を整え終えた頃、ファビオ様を招待する手紙を出した。
来て早々に、と眉をしかめる人は一部にいるかもしれないけど、ブオナパルテ領と協力体制を敷いていくことは、早めに領民とも共有していきたいものね。元は同じ領地の民なのだもの。仲の良い人も多いだろうし、手を取り合うことは歓迎されるはずよ。
とはいえ、王太子の側妃と元第二王子。
変な噂の的にならないようにはしていきたいところ。派閥争い大好きっ子が、レケメデル領にもいないとは限らないもの。面倒だけどね。
「早速の招待、感謝いたします」
出迎えに対して満面の笑顔を向けられると、まぁいっか、と思う自分もいる。友好に接すること自体は悪いことではないものね。
「いえ、こちらこそ応じて頂き嬉しいですわ」
にっこりと笑顔を浮かべ、領主館へと案内する。こぢんまりとした領主館ではあるけど、それでも直轄領の建物なのだ。側妃の格に合わせて揃えられた調度品は、公爵の背景になっても見劣りするものではないわ。
適度に華美。適度に豪奢。
歴代の王族のお眼鏡にかなった物なのだから、当然と言えば当然か。私の好みや趣味とは少し異なるけど、これも王族としての品位よね。
それは、応接室にも言える。側妃である私が住まうことになったこともあって、優美さは増したかもしれない。女性らしさと言い換えられるかも? 猫脚の木目の綺麗なテーブルは、マリアンヌ様の部屋にあった物と同系統だわ。作者か工房が同じなのかも。王家御用達ということね。知る人が見れば、正妃殿下と側妃の仲のアピールにもなるだろう。
席に着けば、まずは紅茶で喉を潤す。茶葉はペリドート宮でも馴染みのあるもの。
「香り高いですね」
落ち着いた表情で告げられる簡潔な称賛は、王族に相応しいと言えるのだろう。
「ありがとう存じます」
私も笑みを返す。
でもね、私としてはこの茶葉も変えていけないかな、とは思うのよ。レケメデル領の資料に目を通すと、余った薬草をお茶にして飲んでいる領民が一定数いるのよ。
薬草でお茶? 最初は驚いたものよ。
正直に言って、薬は苦味の強いものが多い。だから、日常的に飲むものとは思えなかったの。けれどアドリアンに確認してみると、この領地ではよくある光景で、紅茶を買う余裕のない領民にとっては馴染みのあるものだとか。アドリアンは飲んだことはないようだったけど……。
特産品にできるのでは? と今では考えている。
他愛無い近況を交わしながら、そんなことを考えていると、不意に笑みを落とされた。何だか悪戯が見つかったような、変な気分になる。
「いかがされましたの?」
「いえ、何か色々と思うところがおありのようだな、と」
「失礼いたしましたわ」
側妃とはいえ、公爵との会話に集中できていないことは良くないわ。無礼と言われても仕方ない。
「構いませんよ。領地で行いたいことが、きっとたくさんあるのでしょう」
「ええ、それはそうですわね。つい、あれこれと考えてしまって。まだ取り留めのないものですのよ」
「これからは協力していくのです。気楽に相談して頂ければと思います」
「ありがとうございます」
気楽に相談か。
確かにレケメデル領に対してはまだ難しいところね。アドリアンは真摯に対応してくれているけど……。ベルとディアやダニエラ相手と同じかというと、まだ距離がある。これから信頼関係が築ければ変わるかしら。
ファビオ様に対しても、特産品のネタになるかもしれないことを何でも相談することは、本来なら違うだろう。あくまでも隣領の領主なのだから。
でもね、オグレース領が薬草栽培に力を入れ出している以上、あんまりのんびりしている訳にもいかないのよ。得られるものがあるのなら、情報交換は惜しみなくしていきたい。
「では、早速ですが、お聞きしたいことがありますわ」
「何でしょう?」
「レケメデル領の領民たちは薬草を使ったお茶を飲むようですの。ブオナパルテ領でも日常的に飲まれているのでしょうか?」
元は一つの領地。しかもブオナパルテ領に加工に長けた者が集中している。薬草を茶葉にしているのなら、ブオナパルテ領の方が盛んだと思うのよ。
「そうですね。確かに愛飲している者はいるのですが、そこまで美味しいものでもないようです。紅茶が手に入るのなら、そちらを飲む者が大半です」
やっぱり苦味が強いのかしら?
「ファビオ様も飲まれたことはあるのですか?」
「一度、試しに飲んでみたのですが、薬の感覚が強かったかと。領民の健康には良いかもしれませんが、積極的には飲む人は少ないと思いますよ」
特産品にできないか考えていると察して、需要の少なさを教えてくださる。
けど、味が改善されれば飲み物として広めることも可能なのかもしれない。現時点でも飲んでいる人は一定数いるのだもの。抵抗は小さいはずよ。
「ありがとうございます。簡単に特産品は作れませんものね。また検討してみますわ」
一旦、引き下がるけどね。
まずは自分でも飲んでみてから考えてみよう。それで改善できそうなら、改めてブオナパルテ領に加工できる人がいないか相談してみよう。
あ、いけない。大事なことを伝え損ねていたわ。
「ファビオ様、薬草の加工に長けた者を派遣してくださりありがとうございます。感謝していますわ」
「あ、いえ、こちらこそ今更となり申し訳ないことです」
直轄領なのだもの仕方ないわ。公爵とはいえ勝手な介入はできない。私との交流が公けになったからこそ、代官とも交渉ができたのでしょう。
「本当に感謝していますのよ」
「お力になれていたのなら、喜ばしいことです」
笑みを浮かべられるけど、少し陰りがあるわ。
「私にできることは些細なことばかりです。例の鉱物についても、まだ分かることはない状態なのです」
「それは、私も同じですわ」
ファビオ様にはブオナパルテ領内の資料を当たって頂いていたと思うけど、芳しくはないらしい。お互い苦笑になってしまう。
「いっそ複数の魔法使いに依頼するのも一つの手かもしれませんね。魔法に長けた者たちが見れば案外解決策が出るかもしれません」
一般的な視点や、過去の資料で解決できないとなれば、魔法的な視点が有効になる可能性もある。
ただ確証もなく大金を投じるのもね。レケメデル領の財政を悪くしてしまう。まずは特産品を増やして金庫を潤す必要があるのかしら。
切ない現実にちょっと溜め息がこぼれた。




