第17幕 薬草はきらめく
レケメデル領に着くと、引き続き引っ越し作業になったわ。一時的ではなく、長期的に住むことになるからね。領主館も整え直す必要があったの。こぢまんりとした領主館とはいえ、直轄領の建物なのだから改めてあれこれする必要はないと思ったのだけど……。側妃が住むとなると、また変わるらしい。
私としては住みやすければ構わなかったから、基本は執事やメイドにお任せよ。気に掛けるのは自室くらいだけど、ダニエラが整えてくれるし、ベルとディアが管理してくれるわ。
手が空いてしまった。
周りが何でもしてくれる王族。二年限定のものだし、傲慢にならないように気を付けないとね。
「アドリアン、何か変わりはあったかしら?」
遊びに来た訳ではないからね。時間があるのなら、早速領地の状況確認よ。
違いと言えば応接室ではなく執務室で話すことになったことね。管理権限は代官であるアドリアンのままだけど、その上司のようなものになるのよ、私。直轄領だからね。王族が領地の最高権力者にはなる。
とはいえ、仕事がやりにくくなるようでは困る。適切な距離を掴みたいわね。まずは笑顔よ。
「気楽に答えてくれていいわ。忌憚のない言葉が欲しいの」
アドリアンは執務机を挟んで直立不動だけど、表情が柔らかくなった。知らない仲ではないしね。
「はい、状況としては大きく変わっておりません。薬草の栽培と並行して、加工技術の向上のためブオナパルテ領より技術者の派遣を頂いておりますが、目に見えて変化が出るのはまだ先かと」
「そうなのね。ファビオ様には感謝しないとね」
私が話し合いの場を持つまでもなく、アドリアンと先行して一緒に対応してくれていたのね。側妃である王族に寄与するスタンスであれば、隣領でもより広く関われる。元第二王子ではあるし、直轄領に思う所もあるのだろう。
「はい。ブオナパルテ公爵殿下から手紙も預かっております」
「あら?」
鉱物に関して進展があったのかしら?
手紙を受け取ると、早速中身の確認をする。大きな成果は……まだなさそうね。でも、ブオナパルテ領には薬草の加工に長けた者が多い。鉱物に閉じ込められた植物に興味を持つ者たちも一定数いるようだわ。そこから何かしらの発見があると期待したいところね。
そのためにも、またレケメデル領を訪れたいとのこと。情報共有したいし、歓迎ね。
「近日中にファビオ様を招待できるように整えてもらえるかしら」
「かしこまりました」
それからも領民からの陳情や嘆願がないか、ざっと確認していく。
全てに一気に応えることは難しい。優先順位を確認して、対応していかないといけない。直轄領での生活が少しでも向上して安定するようにしていきたい。
一通り話し終えたところで、ダニエラが来客の知らせを持ってきた。
「引っ越して早々に?」
耳が早い人もいたものね。
「はい、ネイサン・ディエール様です」
でしょうね。想定はしていたので慌てることはない。
「では、応接室に案内してもらっていいかしら? もう整っているわよね」
「はい。かしこまりました」
一礼する姿は、ちゃんと側妃の専属メイドの気品があるわ。
「ネイサンから何か報告はあったのかしら?」
「いえ、鉱物についての進展は伺っておりません」
鉱物以外はあるの? けれどアドリアンはあえて言わないようだった。まぁね、ネイサンだからね。実があるようなないような、報告が難しい話も多かったのかもしれない。これから接する機会も増えるだろうし、慣れていってほしいわ。
今回は直接聞けば良いわ。
納得した私は、早速応接室に移動した。
「やぁ、クララ、ご機嫌いかがかな?」
応接室には思った以上に寛いでいる様子のネイサンがいた。今来たばかりなのよね? 側妃に対する態度としてどうなのか。ちょっと考えたけど、今更よね。
「ネイサン、あまりに雑だとお別れすることになりそうで心配だわ」
一応、釘は刺す。
ファビオ様との交流も増えそうだしね。うっかり首と胴体が離れ離れになるような事態は避けたいもの。
「ああ、ごめんよ、クララ。つい友人のようになってしまうねぇ」
「仕方ないわね」
友人なのは本当だから否定できないわ。
とりあえずこの場では、側妃である私が仕方ないと言えば解決よ。ファビオ様にどういった態度を取るべきかは、ネイサンが判断するでしょう。
「それで、今日は何か報告があるの?」
「報告はあるけど、何だか寂しいねぇ。まずは引っ越しお祝いだよ」
「お祝いって……」
いいのかしら? 側妃としての義務は放棄してきたようなものだけど。陛下も認めてくださっているから大丈夫ではあるけど。
「おや、やりたいことができるようになったのだろう?」
「それは……そうね」
「だったら、めでたいことじゃないか。人間、生き甲斐を持つのは大事なことだよ」
何だか気が抜けるわ。
直轄領を発展させていくのだと、肩に力が入り過ぎていたかしら。
「ありがとう。楽しんで取り組めるようにしていきたいわ」
「うんうん、楽しむのは大事だよねぇ」
にっこりと笑みを交わし合い、紅茶を一口飲む。うん、急ぎ過ぎてもいけないわ。大事な話を聞き洩らしてしまう。
「お祝いということは、何か持って来てくれたのかしら?」
ちらりとネイサンを見遣れば、予め受け取っていた物をダニエラがテーブルに用意してくれる。あまり大きくはない箱。カップが二つは入るサイズ感ね。
「何かしら?」
「クララなら喜んでくれる物だと思うよぉ」
私なら? もったいぶるわね。でも、そう言われてしまうと期待値が上がってしまうわ。ゆっくりと開封していくと、中から出て来たのは緑の液体が入った小瓶が三つ。手に持って陽に透かすとキラキラしている。綺麗ね。
「これは?」
「植物から抽出した物だよ」
「え、例の鉱物の?」
驚いて思わず小瓶を凝視してしまう。
「残念ながら鉱物から植物を採り出すことはまだできてないんだ。でも、中に入っている植物の特定はできたからねぇ。試しに抽出してみたんだ。レケメデル領で今でも採れる薬草だったよ」
「そうなのね。でも、三つも?」
見た感じ、どれも同じ物に見える。あ、でもラベルは違うものだわ。
水。アルコール。植物油。
「抽出方法の違い?」
「その通り! どの方法が一番効果があるか試した成果だよぉ」
「すごいわ。色々と試してくれていたのね」
私が図書室で唸っている間に、随分と先へ進んでしまったようだ。だけど、ネイサンにあまり誇らしさは感じない。
「うーん、でもねぇ、色々な方法で抽出自体はできるって分かったけど、鉱物を含んだ状態では未知数のままだからねぇ」
そうね、あの黄褐色の鉱物が何なのか分からないと、振り出しに戻る可能性はあるのよね。薬草にどう影響するのか分からないもの。
「けど、レケメデル領に自生している薬草だと分かっただけでも進歩よ」
「うん、薬効もまちまちだから、完成には程遠いけどねぇ」
簡単に最適解が得られる訳じゃないわよね。贈り物だけど、これも充分報告よ。
「レケメデル領の発展に繋がる可能性があるのなら嬉しいことだわ」
「前向きだねぇ」
「私の取り柄よ」
笑い合えば気持ちも上昇するわ。
ファビオ様の方でも何かしら進展があると嬉しいわね。
幸先の良いスタートを切れたんじゃないかしら。私は少し楽観していた。
ネイサンの報告はこれからなのよ。




