第14幕 王太子はオス豚
ペリドート宮に戻った私は、すぐさまジャーダ宮に赴くことになった。マリアンヌ様の言で視察に行ったことになっていたからね。報告は必要よ。
「視察、ご苦労でした、クラリッサ様」
「いえ、有意義な時間を頂き感謝していますわ、マリアンヌ様」
にっこりと笑みを浮かべたものの、内心では首を傾げていた。前回とは違って応接室ではなく、マリアンヌ様の私室に案内されたのよ。だから、側妃の専属メイドはもちろん侍女も室内に伴っていないの。
気品を重んじつつ、どこか可愛らしさがある部屋。滑らかな猫脚のテーブルは白く、花柄のカップは淡く、繊細なレースのカーテンは涼やか。正妃殿下のための空間なのだと、実感する。
そんな部屋に側妃を招き入れる。
マリアンヌ様は綺麗に化粧をされているものの、どこか疲れを感じさせる。
「何かございましたか?」
端的に尋ねれば、そっと扇子で口元を隠して囁かれた。
「最近、その、ますます夜の訪いが増えているのよ」
わぁお。清純な乙女には難しい問題がやってきてしまったわ。
愛されて幸せいっぱいな感じにならないのは、アウジリオ様がただのオス豚だから? 怖気が走るわね。おっと、これは不敬かしら。美味しく食べられる豚さんにも失礼ね。
それにマリアンヌ様のことを思えば、笑うこともできない。
「おいたわしいですわ、マリアンヌ様」
「ありがとう。最近は歩くのもちょっと疲れるから、今日はこんな部屋だけど許してね」
「ええ。むしろ親しくなったようで嬉しいですわ」
笑みを向ければマリアンヌ様も返してくれる。
何だか守ってあげたくなる笑顔だわ。マリアンヌ様のお身体を癒せるような薬草がないか、本気で探さないとダメね。
「それでは視察の報告をしますわ」
「ええ、お願いね」
レケメデル領の現状としては、そこまで逼迫している訳ではなかった。ただし今のままでは向上していく見込みもない。領民たち自身はそこまで危機感を持っている様子はなかったけど、代官であるアドリアンを始め管理する側の者たちが憂慮する状況なのも事実。オグレース領が国内の薬草事業に力を入れれば、一気に傾く危険もある。
もしも今の状況を放置して直轄領が廃れるようなことになれば、王家の威信に傷がつく可能性が高いのも問題よね。
そんな状況を打開する可能性があるのが――。
「鉱物に閉じ込められた植物?」
「はい、実物を一つお持ちしましたわ」
ことり、とテーブルに置けば、マリアンヌ様の瞳がわずかに見開かれるわ。正妃殿下に見せるもの、ということで一際綺麗な物を選んだお陰ね。正妃殿下にも見せたいと言えば、村長が笑顔で差し出してくれたのよ。現在、価値のついていない物だから、タダでどうぞ、と言われてしまったわ。献上されたと見れば良いかしら。
鉱物は、赤みがかった黄褐色で透明感があって、中に閉じ込められた植物に神秘的な雰囲気を与えているわ。植物自体は、特段特徴がある訳ではないのだけど。
「綺麗ね」
端的な称賛の言葉は、だけど難しそうな顔で告げられた。
「今まで報告はなかったのでしょうか?」
「そうね、私は聞いたことがないわ」
「他の領地でも?」
マリアンヌ様は思案するように頬に指を添える。憂いる表情になるわ。
「ええ、そうね。でも、価値がないと捨て置かれるような見た目ではないわよね」
やっぱり気がかりは、そこ。無加工のままでも充分利益を出しそうな見た目をしているのよ。しかも直轄領から出ているのよ。何かしら報告がありそうなんだけどな。
「代官は何と?」
「把握していないそうでした。村長の者も鉄や銅なら良かったと言っていましたし、加工もできないとも言っていました。宝石にもならないありふれた石ころの感覚だったのかもしれません」
「そう。代官が見て回る余裕もないほど忙しいのかしら」
アドリアンのことを思い浮かべてみる。領地の現状には憂いていた。だけど、あくまでも代官。それ以上の仕事をしていなかったとも言える。
「直轄領だからこそ、勝手なことはできないと判断したのかもしれません」
好意的に見ればね。憂うのなら、自ら動いて欲しかったとも思う。実直故の怠慢。でも、今はそこを利用させてもらうわ。
「やはり王族が直接管理に関わる必要があると思いますわ」
ええ、だから、移住許可をくださいませ。と瞳に力を入れる。そんな思惑は見透かしたように、マリアンヌ様は溜め息を小さく一つ。
「ええ、進言しておきましょう」
「ありがとうございます」
満面の笑顔で返したけど、マリアンヌ様の思案顔が晴れることはまだない。
「でも、その鉱物を活用できる考えはあるのかしら?」
そこはまだ何も決まっていない。
ファビオ様とネイサンとは、情報を共有していくことで話がついている。
私が王室の過去資料の書類を。
ファビオ様が直轄領時代の謂れや証言を。
ネイサンが隣領や隣国の情報を。
それぞれ確認して活用方法を、これから考えていく算段なのよ。最低限の方向性が決まらないと、魔法使いへの依頼もできないもの。火が必要なのに水が得意な魔法使いに依頼しても意味ないからね。
ここは隠しても仕方ないわね。
「まだ具体的なことは決まっていませんわ。ファビオ様と、今回案内人を務めてくれた商人と一緒に模索する段階なのです」
「そう。慎重に判断するに越したことはないものね」
「はい、なので、しばらくはディアマンテ宮の図書室で」
調べてみようと思うのです、と言い切る前に乱暴にドアがノックされた。
何事?
思わずマリアンヌ様と顔を見合わせる。扉前にいるはずの衛兵たちが慌てている様子は聞こえてこない。正妃殿下の部屋に乱暴に訪れても止められない相手。嫌な感じだわ。
それはマリアンヌ様も察しているようで、私に確認するように視線を向けられる。構いませんわ、と頷けば、柔らかな唇を開かれる。
「どうぞ」
「マリアンヌ! 大丈夫か!」
挨拶がひどすぎて笑いも出ないわ。私は冷めた目で、その人、アウジリオ様を見る。
「何もありませんが、いかがされましたの?」
「それは!」
勢いのまま罵詈雑言が飛び出しそう。と思ったけど、踏み止まる賢明さはまだあるようね。助かったわ。うっかりオス豚野郎って返しちゃうところよ。
大体この人の中で、私は一体どういう存在になっているんだろう? ろくに会話もしたことがないのに。
ちなみに私の中でアウジリオ様は、脳筋オス豚木像野郎になったわ。石像すらもったいない。
「マリアンヌ様、私は失礼しますわ」
「ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに」
もっとゆっくりと話したかった。そうアイコンタクトできるだけで充分だわ。
「マリアンヌ! 何か唆されたのか!」
この人は……。私とマリアンヌ様の溜め息が重なった。
「アウジリオ様、私は友人とお茶をしていただけですわ。何も心配ありません」
「ゆ、友人?」
思わず私も驚きそうになってしまったわ。でも、側妃ではなく友人。対等に見てくださっている。嬉しいわ。だから、私も笑みを返す。
「またお茶を致しましょう」
「ええ、是非」
まだ呆けているアウジリオ様は無視して退出した。王太子だからってどんな無礼も許される訳じゃないのよ。無視ぐらい優しいものでしょう。
とはいえ、いつまでもこれじゃあ困るわね。さっさと移住したくなるわ。
その前に一発引っぱたく機会を作れないものかしら、とちょっと思案した。




