第12幕 商人は情報網
レケメデル領の南側に点在する五つの町と村。二日かけて見た現状としては、どこも似たり寄ったりだった。
生活は苦しくなった。だけど、薬草栽培と出稼ぎで賄えないほどではない。ファビオ様に対して思う所はあっても、あえて公爵家に抗議するほど逼迫している訳ではない。だから、話を落ち着いて聞くこともできたのは良かったけど……。
同時に、生活が今より向上していく要素も見当たらなかった。
本来なら領主が危機的状況になる前の今の内に対策を講じていくのだけど、直轄領の代官では難しいところよ。王族の薬草地と定められた領地を、好き勝手に改革していくことはできないもの。
では、物の流れに敏感な商人たちはどう捉えているのか?
アドリアンに、レケメデル領の薬草を卸している商会の応接室へ案内してもらった。
「やぁやぁ、クララじゃないか。久しぶりだね。おっと、失礼、クラリッサ側妃殿下」
そうしたら懐かしい顔に出会ったわ。
いや、懐かしいというほどでもないわね。側妃になる前は頻繁に会うこともあったのだから。
「ネイサン、相変わらずのようね」
「いやぁ、こんな土地で会うなんてびっくりだよぉ。もう側妃業は辞めたのかい?」
こんな軽いノリで商人としてやっていけているのかしら。
これでも一応王族の私へのあまりの暴挙にアドリアンがあ然としているわ。ファビオ様の眉がぴくりと動いたわ。ネイサン、気付いて。
私は笑顔のまま間を取り持つことにした。
「ネイサン、こちらはファビオ・ディ・ブオナパルテ公爵殿下よ」
「これは失礼いたしました。ネイサン・ディエールでございます。子爵家の出でございますが、現在は商人としてクラリッサ側妃殿下と親しくさせて頂いております」
さらりと切り替える辺りは商人としての自覚はあるのかな。そして、サクッと私を盾にしてきたよ、この人。いや、まぁ、一応友人だしね。目の前で首が飛ぶようなことは避けるけどね。
ネイサン・ディエール。
軽い調子の男だけど、本人の言の通り、貴族出身だ。伯爵家と子爵家。家格が近く、領地も近い。三男坊で継ぐ爵位もなければ剣も魔法も人並み。だけど、頭の回転は速く、人好きのする笑顔が印象的な男だった。そのおかげか商会に入ったと思ったら、サクサクと地位を向上している抜け目のない男でもある。
……たぶん。
「ファビオ・ディ・ブオナパルテだ」
何だろう。何だかファビオ様の不興を買いそうになっているけど大丈夫だよね。ネイサンはいつも通りだけど……。うん、突然友人に会った故のテンションだと今は思っておこう。
カステッリーニ領では、同い年の幼馴染みという間柄、色々とお世話になったものね。
……ん? 伯爵令嬢時代の私を知る人物が今目の前にいる。
「ねぇ、ネイサン。会談の前に確認しておきたいことがあるのだけど」
「ん? 何かな?」
「芋の女神に心当たりはない?」
「もちろん! 僕の幼馴染みは芋に愛された、とっても素敵なレディであることは、折々に話したよ! みんな側妃殿下に興味があるみたいでねぇ。良い商談のきっかけになったよ」
あっはっはっは、と明るく笑って認めたよ。芋の女神流布罪でしょっ引いてやろうかしら。
いや、まぁ、お陰で領民たちに好意的に迎えられたからね。
一応、感謝はするけどね。
王族の名を商売に使ったかのような発言だから、ファビオ様が不審者を見るような目をしているわよ。ネイサン、気付いて。
「貴殿はなかなか商魂たくましいようだ」
笑顔が、怖い。
「いえいえ、お褒めに預かり光栄です」
ネイサン。あなたの心臓どうなっているの。メンタル強すぎでしょ。その態度は伯爵令嬢相手だったからじゃないのね。
貴族の出と言っても、今は実質平民なのだし、いつか打ち首のニュースを耳にしそうで心配よ。
幸い、この部屋ではファビオ様以外はネイサンの態度に慣れている所はあるからね。ファビオ様に気をつければ大丈夫かな……。ベルとディアも一応顔見知りだもの。マジかこいつって顔しているけど。
「ネイサンは、レケメデル領には長くいるのかしら」
仕切り直すように話しかける。
ネイサンは少し考えたようだけど、すぐに明るい顔に戻ったわ。
「そうだねぇ。この一年くらいは王都と行ったり来たりかなぁ」
「そうなのね。全然知らなかったわ」
「クララが妃教育で忙しくなるちょっと前だからね。ほら、側妃の候補に挙がってしまったって、テンションダダ下がりだった頃だよ」
……愛称呼びのままだとか、色々突っ込みどころはあるけど気にしないでおこう。結果的に今は私も王族だしね。伯爵令嬢時代のやらかしは大目に見て欲しい。不敬まっしぐらだけどさ。ほら、側妃が嫌だったのは、みんな同じじゃない?
ベルとディアに視線を向ければ、曖昧な笑みを浮かべられた。
ファビオ様は無言の笑顔よ。理解してくださるわ。
うん、大丈夫、大丈夫。紅茶で喉を潤した。
「ともかく、ネイサン」
「何だい?」
「レケメデル領はあなたの目から見てどうかしら?」
「どう、とは曖昧だね。クララなら大体把握しているんじゃないかな」
「そうね。でも、報告書の数字と視察した際の雰囲気しかまだ見ていないのよ」
商人の、第三者の意見が聞きたい。そう尋ねれば、ネイサンのまとう空気が少し真面目さを装う。こうして見ると、ちゃんと貴族の令息なのにね。
「ふむ。おそらくクララと大体同じ意見になると思うよ。新しい産業が起きない限り、先細りしていくだろうね。王家の薬草地ではあるし、壊滅的なことにはならないだろうけど、薬草は野菜と違って、辺境に行けば自生しているものも多いからね。そこが一大薬草地として改革されるようなことがあれば大打撃だろう。何せ王都に近いため安く手に入るという利点しかなくなるのだから。その利点もブオナパルテ領と割譲されたことで、将来的には約束できないものだ。加工費などもだんだんと上乗せされていくだろう」
「すでに薬草地として栄え始めているところがあるの?」
ネイサンは少し考え込む。紅茶を一口飲む姿は気品があるわ。商人の顔よ。
「辺境伯のオグレース領辺りはどうかな。今は直轄領であるレケメデル領に配慮して、国外輸出に注力しているけど、この先レケメデル領の収穫量が減ることがあれば、一気に国内需要掌握に動き出す可能性は否定できない」
「そうなのね」
思わず溜め息が出そうになる。
仮にレケメデル領がなくなることはあっても、薬草不足にはならないかもしれない。オグレース領の収穫分をどれだけ国内に回せるかは未知数だけど。とりあえず薬草不足が解消する目途があるなら朗報だわ。
商人としては商機だろう。
でも、レケメデル領の人たちは薬草としか関わって生きてこなかった。
「側妃業は何だか忙しくなりそうだねぇ」
呑気なネイサンの言葉は、だけど真実になりそうだわ、と結局溜め息をこぼした。




