第11幕 視察は寄り添うもの
薬草畑の視察。
ドレスだと、ちょっと動きにくいわよね。ふんわりと広がったスカートだと足元の確認も疎かになるし、ヒールでうっかり薬草を傷つけるようなことになったら困るわ。
そんな訳でダニエラに頼んで作業服に着替えさせてもらった。お兄様の着なくなった服を手直ししたもので、カステッリーニ領時代から愛用しているものよ。
「動きやすい服を、ということで私たちも着替えたけど、これで大丈夫かな?」
騎士を目指していたベルは、訓練時に着用していた服に着替えた。普段、畑仕事をすることはない令嬢だから、少し不安そうだわ。もちろん問題ないわ。
「二人に比べると、私のは大仰かしら?」
この三人の中で一番一般的な令嬢であろうディアは、畑作業に適した服はないので、乗馬服だ。貴族の乗馬服なので、確かに一番豪奢かも? でも宝石類がついている訳ではないし、大丈夫よ。
ちなみにダニエラは伯爵領の頃も、少しスカートの着丈の短い物を作業時に愛用していたわ。汚れないかしら、と心配したこともあったけど、不思議と長袖長ズボンの私より汚れなく、かつ作業も効率的だった。出来るメイドは違う。
「お待たせしましたわ、ファビオ様」
着替えを終えて領主館から出てくると、何故か目を見開かれたわ。
「その服は?」
「え? これから薬草畑の視察でしょう?」
「それはそうだが……」
おかしかったかしら? 全身を見回してみるけど問題ないわよね。あ、伯爵令嬢時代と同じ服はまずかった? これでも側妃だもんなぁ。まぁ、初の視察だ。大目に見てもらおう。次回の視察までに側妃らしい作業服を用意できるかしら。
「この服も美しいと言うべきなのか?」
いや、不思議と馴染んでいるが、と困惑した声が漏れ聞こえてくる。
ドレスじゃないんだし、無理に褒める必要はありませんわよ? 馴染んでいるというだけで充分嬉しいわ。女性を褒めることを躾けられた令息というのも大変ね。
「では、参りましょうか」
馬車の傍に控えていたアドリアンに声をかけると、何故かハッとした顔をした。呆けていた? まぁ、側妃としては驚く恰好だとは思うから仕方ない。
あ、馬車は側妃の格に合ったものだわ。
これも失念していたわね。汚さないように気を付けないと……。さすがに荷馬車で良くってよ、とは言えない雰囲気だもの。
ともかく視察よ、視察。
領主館はレケメデル領の中心より、少し奥まった所にある。山を背負い、近場に湖もあって、風光明媚な立地なのよ。防犯も兼ねていると思うわ。
その領主館の周りに領都が広がり、城門を越えて南に進めば五つの町と村がある。北側には山を管理する村が一つあるだけね。領地の大半は薬草畑で、直轄領と言っても王族の避暑地のような機能はあまり備えていない領だわ。自然が豊かだし、療養にはもってこいだとは思うけど、別荘地のような開発はされていない。
あくまでも薬草地なのよね。
この辺りも改善していくべきかしら。
薬草以外にも人を呼び込めるものがあれば、発展にも繋がるはず。
「長閑な雰囲気ですね」
ディアが思わずと言った様子で呟く。
実際に薬草畑に降り立ってみれば、その感想にも納得ね。領民達が薬草の状態を一つ一つ確認しながら丁寧に作業している様子は、どこか牧歌的だ。
男性が真剣に薬草を摘んでいる傍ら、水場では女性たちが薬草を洗っている。薬草畑のすぐそばに井戸があるのよ。水源が豊富なのかしら。そのせいか魔法を使っている人はいない。ブオナパルテ領の民に比べて魔法が不得手だから、となると、やはり領外から魔法使いを雇うべきか。あるいは領民たちを育てていくべきか。悩みどころね。
そして道を挟んだ所に、扉のない小屋が並んでいる。種類ごとに分けられた薬草が、日陰で逆さ吊りにされている。その下には茎の短い薬草がざるに並べられている。
女性たちの傍では、子供たちが、より小さな子たちをあやしている。
子供たちも大きくなれば、やがては薬草畑の作業に従事していくのだろう。
薬草畑が一つのコミュニティを形成しているのだと分かるわ。
そして、それ故に新たに加工や販売に携わる人たちが生まれにくい。
「誰かに話を聞けるかしら?」
アドリアンに尋ねれば、予め話をつけておいたのだろう。すぐに薬草摘みのリーダー格と思われる女性が呼ばれてくる。男性の中に交じって作業していたたくましい女性だ。日焼けした肌には、誇りを感じる。
「初めまして、クラリッサよ」
変に委縮されないように王族名は省いてしまう。
「マチルダ、でございます」
三十代と思しき女性に畏まられると、少しむず痒いわね。カステッリーニ領にいた頃は、教えを乞う側として敬称も省いてもらったりしていたからなぁ。側妃としては、さすがに問題になっちゃうかな。
私は良くても他の王族は良しとしないかもしれないし。余計なトラブルにならないよう、緊張はあえて指摘しない。
側妃殿下? でもあの恰好は? 芋の女神だから?
微かなざわめきが風に乗って聞こえてくる。あ、緊張して見えたのは側妃だと言う確証が持てなかったから? 最初はドレスで来た方が分かりやすかったかしら。王族名を省いたせいで却って混乱させてしまったわね。
アドリアンがわざとらしく咳払いしたことで、囁きは途絶える。不敬とか言わないから大丈夫よ。
「マチルダの畑では、今はどんな薬草が採れるの?」
「は、はい、今ですとカモミール、多いです。ミントなんかも毎日採っても採ってもすぐ育ってくるんで、多い、です」
慣れない敬語を一生懸命使ってくれているのか、片言になっている。
でも、この生真面目さは大切ね。
それにお腹の下辺りで組まれた手。礼儀を知っているのだと思う。何より日々作業に従事していることが見て取れる緑に染まった指先は、彼女の矜持を感じるわ。
「あなたはこの畑をまとめている人なのかしら」
「は、はい。曾祖父がこの土地を開墾したんで、代々。その、周囲の奴、いえ者たちと協力して、ですけど」
「そうなのね。他の畑の者たちとも交流はあるの?」
「えっと、他の村の村長と話すこと、あります」
マチルダは単に畑のリーダーではなく、この土地の代表者に近い立場なのね。アドリアンが紹介してくれたのも、この集落において影響力のある立場だからかしらね。
「まだしばらく滞在することになるわ。またお話を聞かせてくれるかしら」
ふわりと貴婦人らしく微笑めば、マチルダの頬が紅く染まる。
「はい、……女神様!」
小さく芋の、と聞こえたわ。
商人たちは一体どんな風に広めたのやら。芋の女神に憧れを込められる謂れなんてあるのかしら。流通経路を開拓するためにも商人の伝手を作らないといけないわね。
交流のあった商会はこのレケメデル領にもあったかしら。私は笑みのまま薬草をメインに卸している商会をリストアップし始めた。




