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側妃クラリッサは笑壺に入る  作者: くさき いつき


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第10幕 伯爵令嬢は芋好き

 カステッリーニ領で、伯爵令嬢生活を謳歌していた頃。

 私は領民たちと一緒に芋を育てていた。貴族令嬢が何故? と聞かれると、将来男爵として領地を割譲してもらう条件の一つだったからだ。


 領民に認められること。

 領主としての価値を見せること。


 お父様がすごく嫌そうな顔で条件を出してきたことを覚えている。娘が行き遅れるなんて、貴族としては恥だものね。それでも条件付きで男爵位を継ぐことを認めてくださるのだから、優しいお父様よ。

 次期伯爵のお兄様が味方してくれたのも大きい。


――どうして民と混ざって芋掘りしているんだい?


 と呆れられてしまったけど。

 あれ? 領主になるなら民に寄り添わないとダメだよ、利になるところを示すべきだよ、と言ったのはお兄様よ? おかしいわね。


 ともかく民の主食たる芋を一緒に育てたお陰で、民が困っていること、必要としていることは分かったから良かったのよ。より美味しく、より多く芋を採れるように改善していくこと。それだけに止まらず、干し芋を始めとした加工食にも積極的に関わったお陰で、領の収入源も増えたのよ。

 食事に困らないって大切なことよ。芋が大好きになったわ。


 商人たちともたくさん交渉したわね。

 結果、カステッリーニ領から遠く離れたレケメデル領にも、私の逸話は伝わっていたらしい。

 まぁ、側妃になっちゃったからね。あの芋をやたら売り込んでくる令嬢が! と商人たちに衝撃を与えたのかもしれない。

 だからってね、芋の女神はね、ないわね。


「ええ、なので芋呼ばわりに心当たりはあるのですが、芋の女神を自称したことはありませんわ」


 レケメデル領の領主館の応接室で、私は何を言い訳しているのだろう? いや、ファビオ様が興味を持っていらしたからね。


「なるほど。私も陛下から芋の女神と呼ばれていると聞いていましたから、つい気になってしまったのです」


「そうなのですね。お恥ずかしいですわ」


 確かに婚姻の後の晩餐会でも私の芋トークを楽しんで聞いてくださったけど、親子で何の話をしているの? 側妃候補の話? 何か違うわ。

 いや、巡り巡って、こうして領地経営の機会を得たと思えば良かったのかな。


「領民たちには私から注意しておきますので、何卒」


 アドリアンは恐縮した様子だけど、私は笑みを返す。


「大丈夫よ、悪気がないことは分かっているわ」


 下手に恐怖心を持たれても困る。レケメデル領を一緒に発展させていく仲間になって欲しいのだから。恐怖政治ではきっと上手くいかないわ。


「それでレケメデル領の現状を教えてもらいたいわ」


 小さく咳払いして話を切り替える。アドリアンも心得たようで、収支報告書などの資料を提示してくれる。


「ファビオ様もご覧になっても良いかしら」


「はい、もちろんです」


 元は同じ領地とは言え、現在は隣の領の領主だからね。確認は取るわよ。


 さて、と資料に目を通していく。

 うん、収穫量はほぼ横ばいで、今すぐ生活が悪くなる感じはない。薬草が足りない事態になるのは、まだ先だろう。実際、馬車から見た薬草畑の景色は一面の緑で溢れていたわ。

 だけど、支出と合わせて見ていくと、収入は緩やかに右肩下がりだ。この五年の間に、レケメデル領内で加工や販売ができる工房の増設もあった。その負担も大きいわね。そして、あまり有効に活用できていないわね。

 人口の変動を見れば、領外に働きに出る人も増えていることが見て取れる。


「ブオナパルテ領でも働き手の受け入れはしているが……」


 ファビオ様も思案顔ね。

 今現在の薬草栽培のみに頼り切った運営では、先細りしていくだろう。


 芋と同じようなやり方で改善することはできるだろうか? 芋は薬草に比べれば育てやすい。民の主食でもあるからレケメデル領でも育てられてはいるけど、芋の栽培量を増やしても、薬草の問題の改善にはならないわよね。

 芋の女神、という呼び名はともかく、この経験で活かせることはあるだろうか。


 領民たちの積極的な協力が必要よね。側妃だからって一方的な依頼では、いずれ反発を招く。まずは信頼関係を築きたい。

 となると、やっぱりレケメデル領に移住したいわ。

 行ったり来たりの生活だと、どうしても対応に遅れが出るもの。


「アドリアン、あなたから見てレケメデル領はどうかしら? 改善したいと思っていることはある?」


 まずは代官と意思疎通を図ることよ。


「そうですね、薬草の栽培は現状、これ以上増やすのは難しいかと思います。在庫が増える一方で、加工や販売に追いついていない所はあるので、ここを改善できれば、と考えています」


「そうね、せっかく工房を建てても活用できなければ宝の持ち腐れだわ」


「ええ、ただ以前は居住区によって専門にする者が分かれていたこともあって、現在のレケメデル領では加工等に長けた者は少なく」


 栽培と加工はまた別の技術だものね。商才もね。

 レケメデル領から外へ繋がる新しい流通経路を確保することが大事かしら。


 そのためにも実際に栽培内容も細かく把握していく必要があるわ。一口に薬草と言っても一種類ではないもの。症状に合わせて様々なものがある。より需要が高いものが分かれば、何を供給すべきか判断もできるはず。


 そして、魔法使いの確保も必要だろう。

 薬草は加工するだけでも、薬としての効能を発揮するわ。何なら薬草のままでもある程度の効果はある。でも、商品としては弱いわ。

 魔法は、大体が生活を補助するものでしかないけど、才のある者はそれだけに留まらない。

 でも、魔法使いを雇うとなると、またお金が出ていくのよね。領民の中に魔法使いの素質がある者がいれば良いのだけど……。

 ブオナパルテ領に協力を仰ぐことになるかしら。


「まずは現場の視察に行きたいわ」


 領民からの声を聞けば、代官の視点とはまた変わるはず。にっこりと笑みを浮かべれば、アドリアンは一礼した。


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