がんばれよ。
「大丈夫かおい、どうした?目がすわってるぞお前」
「店主・・・怖いんです」
「ん?そりゃあお前、誰だって殺されるのは怖えさ。嬢ちゃんはかわいそうだけど、しょうがないだろこういう場合」
「いえ、違うんです。彼女を見殺しにした、そんな汚い事実が一生、この身に付きまとうのが怖いんです。実際そうなるまで、きっと誰もが、自分がそんな人間になるだなんて、思ってもいなかったんです」
ギリギリと拳を握りしめる。そうだ。俺は以前、日常的にこんなことばかりだったような気がする。ハッキリとした記憶はないけれど、それでも分かる。きっと俺は、汚い事や納得できないことでもしょうがないと割り切っていて、それでも心のどこかでそれをずっと、後悔しながら生きていた。
「いやお前、そんなこと言ったって相手は蛇凶に貴族だぜ?どうしようも・・・」
どうしようもない・・・。そうやって同じような生き方を繰り返すのか。この現実かどうかすら怪しい、ワケのわからない世界でも。
「きっと、記憶は失っても、感情までは忘れられないんでしょうね。いや、記憶を失ったからこそ、自分の心に嘘がつけなくなったのか・・・」
「何いってんだアンタ。大丈夫か、おい」
「貴族の館はどこですか」
「え?あ、ああ、それなら――」
店主から貴族の館の場所を聞き出す。
この街での暮らしも、けっこう長い。地図は頭に入っている。迷うことはない。
「失礼します!!」
店を飛び出す。店主が後ろから何か言った気がしたが―――気にしないことにした。
◇◆◇
残されたのは、ぬるくなった酒と、重たい沈黙。
遠くで猫が鳴く声が、やけにクリアに耳に残る。
静かすぎる夜だった。
彼の姿が完全に見えなくなってから、ようやくカウンターの男が口を開いた。
「おい、金も払わずに行っちまったな」
天井のランプがチリチリと小さく鳴る。
店主は肩をすくめ、苦笑交じりに言った。
「まぁ、いいさ。餞別だ」
男はヒュウと口笛を鳴らしながら、ゆっくりグラスを回す。
「何であんないい酒を出したんだ?この店の経営も楽じゃないんだろ。今からでもツケにしときゃいいじゃないか」
「そうなんだけどな。どうせ最後の酒はおごるつもりだったし、アイツが払う気があるにしても無いにしても、どっちみち――」
店主はため息をひとつ、そして静かに言った。
「もう二度と、生きて帰っちゃこねぇよ」
筋肉隆々のスキンヘッドに、目元のタトゥー。
見た目に反して、彼は今、静かに考え込んでいた。
蛇凶と貴族に逆らえば殺される。
だから我慢する。
それが、この街で生きる術。常識。現実。
誰もが知っているルールであり、誰もが口に出さない恐怖でもある。
なのに――
なぜ、俺はあいつにあんなことを言ったんだろう。
俺の口から出る言葉じゃない。
あんなのは、もっと甘っちょろい世界で、生きられる人間が言うセリフだ。
俺はそうやって、生きてきたはずだったのに。
酒瓶の底を眺め、ひとつ、ため息を落とす。
「……なに言ってんだ、俺」
店を飛び出す異国人に最後に投げかけた言葉は、やめておけではなく、もちろん金を払えでもなく――
がんばれよ、だった。
最終回の伏線なのでタイトル見返しといてください(笑)
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