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『あの日の「ここ」から』  作者: てぃな


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第六話 昼休みの約束

好きという気持ちを、私はまだ知らなかった。

ただ、明日も同じ教室で、同じ時間を過ごせたらいいと思っていた。


昼休みのチャイムが鳴った瞬間。


「行くぞー!」

大和が一番に立ち上がった。


「早いよ、大和。」

莉央が笑いながら言う。


「だって昼休みだよ!遊ぶ時間!」

その勢いにつられて、私も立ち上がった。


ふと後ろを見る。

湊くんは少し迷うように、自分の机の横に立っていた。


「神崎くん。」

大和が呼ぶ。

「行こうぜ。」


「……うん。」

短い返事。


校庭に出ると、春の風が少し冷たかった。


「まず鬼ごっこ!」

大和が宣言する。


「また勝手に決めてる。」

莉央が笑う。


「いいじゃん!」

「柚、鬼やって。」

「え、私?」

突然言われて、思わず声が出る。


「だって柚足速いじゃん。」

「そうかな。」

「そう!」

みんなが笑う。


その中で、湊くんも少し笑っていた。


「じゃあ、始め!」

大和の声で、みんなが走り出す。


私は必死に追いかける。

莉央を追って。

大和を追って。


そして。

気づけば、湊くんを追いかけていた。


速い。

本当に速い。


「神崎くん、速すぎ!」

大和が笑いながら言う。


「普通。」

湊くんはそう答える。


「普通じゃないって!」

そのやり取りがおかしくて、私は笑った。


湊くんは静かな人だと思っていた。

でも。

ちゃんと笑う人だった。

そのことが、なんだか嬉しかった。


その時。

足元の小さな石につまずいた。


「あっ。」

体が前に倒れる。

膝に少しだけ砂がついた。


「柚!」

莉央の声が聞こえる。

すぐにみんなが集まってくる。


「大丈夫?」

「痛くない?」

私は慌ててうなずいた。

「大丈夫。」


その時。

一番近くにいた湊くんが、小さな声で言った。

「……痛い?」


顔を上げる。

湊くんが心配そうに私を見ていた。


「ううん。」

私は首を振る。


「大丈夫。」

「そっか。」


それだけ。

でも、その声が優しかった。


昼休みが終わるチャイムが鳴る。

みんなで教室へ戻る。


前を歩く大和と湊くん。

「湊、サッカーもできる?」

「できる。」

「じゃあ今度やろう!」


そんな会話が聞こえる。


教室に戻って席に座る。

すると、後ろから小さな声が聞こえた。


「……柚。」


振り返る。

湊くんだった。

初めて名前を呼ばれた。


「なに?」

「この前。」


少し間を置いて。


「牛乳、ありがとう。」


一瞬、何のことかわからなかった。

でもすぐに思い出した。


「あ……。」

「助かった。」

「ううん。」


それだけの会話。

たったそれだけ。

なのに。


その日の午後、私は何度も思い出していた。


湊くんが、私の名前を呼んだこと。

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