第二十七話 あと一歩
好きだと気づいた瞬間から。
今までと同じ距離が、少しだけ難しくなる。
湊くんと会う約束をするだけで。
少し嬉しくなる。
メッセージが届くだけで。
心が動く。
昔なら。
ただ嬉しかっただけ。
でも今は。
嬉しいだけじゃない。
⸻
「今度の日曜日、空いてる?」
湊くんから届いたメッセージ。
画面を見つめる。
たった一文。
なのに。
返信を考えてしまう。
『空いてるよ』
それだけでいいのに。
何度も打ち直してしまう。
⸻
昔の私は。
湊くんの前では、いつも少し緊張していた。
好きな人だったから。
でも。
今の私は。
違う意味で緊張している。
大人になった湊くんを知って。
もっと近くにいたいと思っているから。
⸻
日曜日。
二人で歩く街。
会話はいつも通りだった。
仕事の話。
最近あったこと。
昔の思い出。
特別なことは何もない。
でも。
その何でもない時間が好きだった。
⸻
「柚。」
「ん?」
「楽しそう。」
湊くんが突然言った。
「え?」
「最近。」
少し笑う。
「前より笑うようになった気がする。」
⸻
驚いた。
そんなところまで見ていたなんて。
「湊くんも。」
思わず言う。
「変わったよ。」
「俺が?」
「うん。」
⸻
昔の湊くんは。
何でもできる人に見えた。
でも今は違う。
悩んだり。
迷ったり。
疲れたり。
そんな部分も知っている。
それでも。
好きだと思った。
⸻
「柚。」
また名前を呼ばれる。
その声に反応してしまう。
「なに?」
少し間があった。
湊くんは何か言おうとして。
でも。
やめた。
「……いや。」
⸻
その瞬間。
分かった気がした。
私だけじゃないのかもしれない。
湊くんも何かを迷っている。
⸻
帰り道。
駅の前。
いつもの別れ。
「またね。」
そう言う。
昔と同じ言葉。
でも。
意味はもう違った。
⸻
家に帰って。
ベッドに横になる。
スマホを見る。
湊くんからメッセージ。
『今日はありがとう。楽しかった。』
返信する。
『私も。』
少し迷って。
もう一言足す。
『また行こうね。』
⸻
送信した後。
少し恥ずかしくなる。
昔なら。
こんな一言も送れなかった。
⸻
画面を見る。
すぐに返事が来た。
『うん。行こう。』
たったそれだけ。
なのに。
胸がいっぱいになる。
⸻
あと一歩。
その距離が。
今は一番大切な時間だった。




