第二十一話 あの日から ~湊視点~
あの日のことを、忘れたことはなかった。
でも、それがどんな意味を持つのかを知ったのは、ずっと後になってからだった。
神崎湊。
小学校4年生。
転校初日。
知らない教室。
知らない先生。
知らないクラスメイト。
誰も悪くない。
みんな優しくしてくれた。
でも。
どこか落ち着かなかった。
笑顔を作ることはできた。
会話をすることもできた。
でも。
本当の意味で馴染めている気はしなかった。
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そんな時だった。
給食の時間。
牛乳パックが開かなかった。
前の学校とは形が違った。
何度やっても開かない。
別に大したことではない。
少し困っただけ。
その時。
「……ここ。」
小さな声が聞こえた。
顔を上げる。
そこにいたのが、柚だった。
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彼女は、何かを説明するわけでもなかった。
ただ。
自分の牛乳パックを持ち上げて。
開け方を見せてくれた。
それだけ。
でも。
なぜか嬉しかった。
「転校生だから助けてあげる」
そんな感じじゃなかった。
ただ。
困っている自分を見てくれた。
それが嬉しかった。
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それから。
少しずつ話すようになった。
柚は、最初から明るく話しかけてくるタイプじゃなかった。
むしろ。
少し遠くから様子を見ていることが多かった。
でも。
誰よりも周りをよく見ていた。
困っている人がいると気づく。
誰かが寂しそうにしていると気づく。
そういうところが、昔から変わらなかった。
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卒業の日。
「またね。」
そう言った。
本当は。
もっと話したかった。
もっと一緒にいたかった。
でも。
小学生の自分には、それを言葉にすることができなかった。
ただ。
また会えると思っていた。
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時間が経った。
中学。
高校。
大学。
それぞれ違う道を歩いた。
柚のことを思い出すことはあった。
でも。
会わない時間が長くなるほど。
思い出は少しずつ過去になっていった。
……そう思っていた。
⸻
再会した日。
会議室に入った瞬間。
目の前にいた女性を見て、驚いた。
大人になった柚。
雰囲気は変わっていた。
でも。
人を見る時の優しい目は変わっていなかった。
その瞬間。
昔の記憶が一気に戻った。
牛乳パックを開けられなかった日。
後ろの席だった時間。
公園で笑いあった日。
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「元気でしたか?」
そう聞いた時。
本当は別の言葉を言いたかった。
久しぶり。
会いたかった。
ずっと覚えていた。
でも。
そんなことを急に言えるほど、子供の頃の距離には戻れなかった。
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今の柚を、まだ知らない。
好きなものも。
苦手なことも。
どんな毎日を過ごしてきたのかも。
だから。
もう一度知っていきたいと思った。
昔みたいに。
少しずつ。
⸻
あの日。
小さな声で言われた一言。
「……ここ。」
あの時から。
柚は俺にとって、特別だったのかもしれない。




