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『あの日の「ここ」から』  作者: てぃな


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第二十話 知らなかった君

昔から知っていると思っていた。

でも、本当は何も知らなかった。

あの日から今日までの、君の時間を。



公園に行った日から。

湊くんとの距離は、少しずつ近くなっていた。


毎日連絡をするわけではない。

昔みたいに、学校で会えるわけでもない。


でも。

時々届く短いメッセージが嬉しかった。


『今日、寒いね。』

『仕事忙しい?』


そんな何気ない言葉。

昔なら当たり前だったことが。

今は特別だった。



ある日。


仕事帰りに湊くんと食事をした。

向かいの席に座る湊くんを見る。

不思議な気持ちだった。


小学生の頃。

後ろの席にいた男の子。

給食で牛乳パックを開けられなくて困っていた男の子。


その人が今、目の前で仕事の話をしている。


「湊くんって。」

思わず昔の呼び方が出た。


湊が笑う。


「まだそれなんだ。」

「あ……。」


少し恥ずかしくなる。


「嫌だった?」

聞くと。


「いや。」

湊は首を振った。


「むしろ、懐かしい。」


その笑顔に、胸が温かくなった。



「仕事、大変じゃない?」

私が聞く。


「大変。」

意外な答えだった。


「湊くんでも?」

そう言うと。


「俺、どんなイメージ?」

湊が笑う。


「何でもできる人。」

正直に言う。


小学生の頃からそうだった。

勉強もできて。

運動もできて。

いつも落ち着いていた。


でも。

湊くんは少し困ったように笑った。


「そんなことないよ。」

「失敗もするし。」

「悩むこともある。」



知らなかった。

湊くんにも、私の知らない時間があった。


当たり前だけど。

小学生の頃、毎日見ていたのは学校での湊くんだけ。


その後の人生を、私は何も知らない。

どんなことで悩んだのか。

どんな選択をしてきたのか。

どんな思いで大人になったのか。


何も知らなかった。



「柚は?」

突然聞かれる。


「え?」

「変わった?」


私は少し考える。

昔の自分を思い出す。

自信がなくて。

周りを気にして。

言いたいことも言えなかった。


「変わったと思う。」

そう答える。


「でも。」

湊くんが続ける。


「変わってないところもある。」

「どこ?」

聞くと。


少し考えて。


「人のこと、ちゃんと見てるところ。」

そう言った。



あの日のことを思い出す。

牛乳パックを開けられなくて困っていた湊くん。


小さな声で言った。


「……ここ。」


あの時から。

私は何も変わっていないのかもしれない。

困っている人を見ると、放っておけない。


それは私の弱さじゃなくて。

大切なものなのかもしれない。



帰り道。

駅まで並んで歩く。

昔みたいに自然に話せるわけじゃない。


でも。

沈黙が苦しくない。


「また会おう。」


湊くんが言う。


私は笑う。


「うん。」


昔なら。

ただ嬉しいだけだった。


でも今は違う。

この人をもっと知りたい。


そう思った。



知らなかった君の時間。

知らなかった君の気持ち。


これから少しずつ。

知っていきたいと思った。

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