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『あの日の「ここ」から』  作者: てぃな


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第十九話 思い出の場所

覚えているのは、大きな出来事だけじゃない。

誰かにとっては何でもない一瞬が、誰かの心に残り続けることがある。



「ここ、まだあったんだ。」

公園の入口で、湊が小さく呟いた。


昔より遊具は少し新しくなっていた。

木は大きくなっていた。

ベンチの位置も変わっている。


でも。

ここに来ると、不思議とあの日の空気を思い出す。


小さなランドセル。

放課後の時間。

何でもない会話。

あの頃の私たち。



「覚えてる?」

湊くんが聞く。


「うん。」

私は頷いた。


この場所を忘れるわけがない。

何度も遊んだ公園。

何度も一緒に帰った道。


私にとって、大切な思い出の場所だった。



少し歩いたところで、湊くんがふと笑った。


「俺さ。」

「ん?」

「柚と初めて話した日のこと、覚えてる。」


その言葉に、私は驚いた。


「え?」

「給食の日。」


一瞬で記憶が戻る。


小学4年生。

転校してきたばかりの湊くん。



あの日。

私は、ただ見ていた。

新しく来た男の子。


静かで。

落ち着いていて。

周りの子が話しかけても、少し困ったように笑っていた。


気になっていた。


でも。

自分から話しかける勇気なんてなかった。

何を話せばいいかわからなかった。



給食の時間。


後ろから、小さな音が聞こえた。


「……あれ。」


振り向くと。


湊くんが牛乳パックを見つめていた。

何度も角をつまんでいる。

でも、うまく開かない。

反対側を引っ張ってみても、やっぱり開かない。


困っている。

そう思った。



どうしよう。

教えてあげたい。


でも。

まだ一度も話したことがない。

急に声をかけたら変かな。


少し迷った。

それでも。

困っている姿を見ていたら、知らないふりはできなかった。


私は小さく息を吸って。

後ろを向いた。


「……ここ。」


自分の牛乳パックを少し持ち上げて。

角を指さした。


言葉は、それだけだった。



湊くんは私の手元を見る。

そして。

小さく頷いた。


同じように角をつまむ。

ぺりっ。

きれいな音がした。


「あ、開いた。」


その声に。

私は思わず笑った。

湊くんも少しだけ笑った。


「ありがとう。」


たった一言。


それが。

私たちの最初の会話だった。



「覚えてたんだ。」

私が言うと。


湊くんは頷いた。


「覚えてるよ。」

「そんな小さいことなのに?」


そう聞くと。


湊くんは少し考えてから言った。


「小さいことじゃなかったから。」


胸が少し揺れた。



「転校したばかりでさ。」

湊くんは公園の先を見る。


「何もかも初めてだった。」


知らなかった。

いつも落ち着いて見えた湊くんも。

本当は不安だったんだ。


「みんな優しくしてくれた。」

「でも。」


少し間を置く。


「柚は、俺が困ってることに気づいてくれた。」



私は知らなかった。

あの日の小さな行動が。

湊くんの中に残っていたなんて。


私にとっては。

ただ、困っている人を助けたかっただけ。

ただ、それだけだった。


でも。

湊くんにとっては。

知らない場所で、自分を見てくれた最初の人だった。



夕方の公園。

昔はランドセルを背負って歩いた道。

今は、大人になった私たちが歩いている。


「また来ようか。」

湊くんが言う。


私は笑った。


「うん。」


昔の「またね」とは違う。

今度の約束は。

大人になった私たちのものだった。



帰り道。


私は思った。

初恋って。

特別な言葉から始まるものじゃないのかもしれない。


たった一言。


「ここ。」


それだけの小さな勇気から。

始まることもあるのだと思った。

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