第十三話 当たり前になった日々
大切な思い出ほど、特別な出来事として残っているわけじゃない。
振り返って初めて気づく。
何気ない毎日こそが、宝物だったんだって。
小学5年生になった春。
私は、少しだけ緊張しながら新しい教室の扉を開けた。
クラス替えの紙を見る。
自分の名前を探す。
そして。
「……あ。」
思わず声が漏れた。
同じクラス。
湊くんの名前があった。
「柚。」
後ろから声がする。
振り返る。
そこには、いつもと変わらない湊くんがいた。
「また一緒だね。」
その言葉が、なんだか嬉しかった。
でも、4年生の時みたいに胸がいっぱいになるほど緊張はしなかった。
それはきっと。
湊くんが、もう遠い存在じゃなくなっていたから。
⸻
小学5年生。
6年生
時間は、思っていたより早く過ぎていった。
席が離れることもあった。
クラスが別になった。
でも、不思議と距離は変わらなかった。
休み時間になれば自然と集まる。
大和がくだらないことで笑わせて。
莉央が呆れながら笑って。
湊くんが少しだけ笑う。
そんな時間が、いつの間にか当たり前になっていた。
⸻
湊くんは、相変わらず人気者だった。
女の子たちが、
「神崎くんってかっこいいよね。」
と話しているのを聞くこともあった。
最初の頃の私は、
「そうだよね。」
と思うだけだった。
でも、少し大きくなった私は。
その会話を聞くと、なぜか胸が少しだけざわついた。
自分でも不思議だった。
どうして気になるのか。
どうして少し寂しくなるのか。
まだ、その気持ちに名前をつけることはできなかった。
⸻
バレンタインは、いつの間にか毎年の恒例になっていた。
小さな袋を準備する。
渡す直前になると緊張する。
何年経っても、それだけは変わらなかった。
「湊くん。」
名前を呼ぶ。
「はい。」
渡す。
「ありがとう。」
受け取る。
それだけ。
毎年、同じ。
でも。
その「ありがとう」が、私は嬉しかった。
湊くんは、必ず受け取ってくれた。
それだけで十分だった。
⸻
小学6年生。
卒業が近づいた頃。
私は初めて思った。
ずっと続くと思っていた毎日が、終わるんだ。
明日も会える。
来週も話せる。
そう思っていた時間が、当たり前じゃなくなる。
そう気づいた。
「中学、別々になるね。」
莉央が言った。
「寂しいな。」
大和も珍しく素直だった。
私は何も言わず、後ろを見る。
もう、後ろの席に湊くんはいない。
でも。
思い出は、全部そこに残っていた。
⸻
卒業式の日。
教室には、いつもと違う空気が流れていた。
みんな写真を撮ったり、最後の時間を過ごしている。
私は少しだけ教室を離れた。
すると。
「柚。」
呼ばれて振り返る。
湊くんだった。
「これ。」
渡された写真。
運動会の日の写真だった。
「大和が持ってたから。」
「なんで私に?」
聞くと。
湊くんは少し考えた。
「……なんとなく。」
思わず笑ってしまった。
変わらない。
最後まで、湊くんは湊くんだった。
「中学、頑張ろうね。」
私が言う。
「うん。」
少し間があって。
「柚も。」
その一言だけだった。
もっと話したかった。
もっと伝えたかった。
でも、言えなかった。
好き。
その二文字を。
⸻
帰り道。
私は何度も振り返った。
もう戻れない小学校。
毎日会えた場所。
いつも近くにいた人。
でも。
最後に交わした言葉は、
「さよなら」
じゃなかった。
「またね。」
だった。
その言葉を信じて。
私は新しい道へ進んだ。




