第十二話 はじめてのチョコレート
あの頃の私は、好きという気持ちをまだ知らなかった。
ただ、いつも優しくしてくれる人に、ありがとうを伝えたかった。
冬になると、教室の窓が少しだけ冷たく感じるようになった。
「寒いね。」
莉央が手をこすりながら言う。
「もうすぐバレンタインだからじゃない?」
大和が言った。
「なんで寒さと関係あるの?」
莉央が笑う。
「なんとなく!」
大和らしい答えだった。
その会話を聞きながら、私は少しだけ考えていた。
バレンタイン。
女の子が男の子にチョコを渡す日。
去年までは、ただのお菓子の日だと思っていた。
でも今年は。
渡したい人がいた。
⸻
家に帰ってから、お母さんに聞いた。
「チョコって、自分で作れる?」
「どうしたの?」
「友達にあげたいの。」
そう答えたけど。
頭の中に浮かんだのは、湊くんだった。
⸻
バレンタイン当日。
朝から少し緊張していた。
ランドセルの中には、小さな袋。
何度も確認する。
入ってる。
大丈夫。
でも。
渡すタイミングがわからない。
休み時間。
給食の時間。
帰りの会。
どれがいいんだろう。
悩んでいると。
「柚?」
後ろから声がした。
振り返る。
湊くんだった。
「どうしたの?」
「え?」
「今日、静か。」
私は慌てて首を振る。
「なんでもない。」
湊くんは少し不思議そうな顔をした。
⸻
帰りの時間。
教室の人が少なくなってきた。
今しかない。
そう思った。
「湊くん。」
呼ぶ。
「ん?」
心臓がすごく速い。
「これ……。」
袋を差し出す。
「バレンタイン。」
湊くんは少し驚いた顔をした。
「俺に?」
「うん。」
「ありがとう。」
いつもの短い言葉。
でも。
今日は少し違って聞こえた。
湊くんは袋を見る。
「大事に食べる。」
その言葉に、私は顔が熱くなった。
「うん。」
それだけしか言えなかった。
⸻
次の日。
「チョコ、ありがとう。」
湊くんが言った。
「おいしかった。」
私は驚いた。
「本当?」
「うん。」
少し間を置いて。
「柚が作ったから。」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
この時の私はまだ知らなかった。
この小さなチョコレートが。
毎年続く、大切な思い出の始まりになることを。




