第十一話 秋の空と君の背中
好きになる理由は、いつも特別な出来事じゃなかった。
その人が誰かに向けた優しさを見つけた時、心に小さな灯りがつく。
夏が終わると、教室の空気が少し変わった。
窓から入る風が涼しくなって。
休み時間に聞こえる蝉の声が、いつの間にか小さくなっていた。
「もうすぐ運動会だね!」
莉央が嬉しそうに言う。
黒板の端には、赤い文字で大きく書かれていた。
『運動会まであと○日』
「今年こそリレー選ばれる!」
大和が拳を握る。
「去年も言ってたよね。」
莉央が笑う。
「今年の俺は違う!」
「何が?」
「気持ち!」
その答えに、みんなで笑った。
私は後ろを振り返る。
湊くんは、いつものように静かに座っていた。
「湊は何出るの?」
大和が聞く。
「リレー。」
「やっぱり!」
大和が嬉しそうに言う。
「足速いもんな!」
湊くんは少し困ったように笑った。
「普通。」
「またそれ!」
教室に笑い声が広がる。
⸻
運動会当日。
空はきれいな青色だった。
校庭にはたくさんの人がいて、いつもより学校が大きく見えた。
私は緊張していた。
走る競技があるから。
「柚、大丈夫?」
莉央が声をかけてくれる。
「うん。」
そう答えたけど、少しだけ不安だった。
その時。
「柚。」
後ろから声がした。
振り返る。
湊くんだった。
「頑張って。」
たった四文字。
それだけ。
でも。
胸の奥が少しだけ軽くなった。
「うん。」
私は笑った。
⸻
リレーの時間。
みんなの声が響く。
「頑張れー!」
バトンが次々につながっていく。
湊くんの番になった。
歓声が上がる。
速い。
本当に速い。
でも、途中。
前を走っていた子が転んだ。
みんな心配そうに見て走り抜けていく。
でも湊くんは違った。
その子のところへ戻った。
「大丈夫?」
そして手を差し出した。
その間に、順位は変わった。
でも湊くんは気にしていなかった。
「湊!」
大和が驚いた声を出す。
「順位……。」
湊くんは首を振った。
「大丈夫。」
その顔は、悔しそうでもなかった。
ただ、当たり前のことをしただけみたいだった。
私はその姿を見ていた。
かっこいい。
そう思った。
でも。
それだけじゃない。
優しい。
そう思った。
⸻
帰りの会。
教室は運動会の話で盛り上がっていた。
「湊、すごかったな!」
大和が言う。
「速かったし!」
莉央も頷く。
私は何も言わずに聞いていた。
でも。
胸の中には、今日見た湊くんの姿が残っていた。
転校してきた日。
静かで、何を考えているかわからなかった男の子。
今は違う。
笑うところも。
困るところも。
誰かを心配するところも知っている。
少しずつ。
少しずつ。
湊くんが、私の中で特別になっていった。




