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警視庁オカルト係の盲犬  作者: 千秋 颯@6/18「一途に溺愛されて~」アンソロ発売!


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第4話 悪夢

 夜が更けた頃合い。

 警視庁から出た安達は、隣に並ぶ慧を横目に深い溜息を吐く。


「またふざけた名前で報告書出しやがって。主任が渋い顔してただろーが」

「えー? 無名の怪異に名称を付けるのは仕事の一環でしょ? 最近発生してる怪異の殆どが一般人には認知されていないようなものばっかりなんだし」

「上長の前で『のびのびさん』とか読み上げなきゃなんねー主任の気持ちになってみろ」

「良いじゃん。可愛くて」


 先程刀を握っていた手には白杖を持ち、慧はゆったりとした足取りで前へ進む。

 その進行方向が駐車場の方角から徐々に逸れつつあることに気付いた安達は慧の開いている方の腕を軽く引く。


「こっち」

「ああ、うん。ありがと」


 車まで辿り着いた二人はそれぞれ席に着く。

 慧がシートベルトを着用したのを確認してから、安達は車を走らせた。


「んじゃ、帰るかー」

「おー」

「夕飯どーすっかな。食いたいもんある?」

「カップ麺」

「バカ、んなもんしょっちゅう食わせられっか」

「えー、美味しいのに」

「もっと栄養取れ」


 道中、弁当屋に寄った安達は、二人分の弁当と小さなカップに入ったサラダを購入する。

 野菜嫌いの慧が駄々を捏ねるのに言い返していると、レジ前の中年の女性に笑われてしまう。

 気恥ずかしい思いをした安達は礼を述べながら会計後の弁当を受け取った後に、慧の頭を軽く小突くのだった。




 安達と慧の住居は同じである。

 都内の2LDKで、一部屋ずつは大した広さではないものの、二十三歳の独身警察官が住む家にしては充分贅沢な家ともいえる。

 そもそも、独身の警察官が寮に住んでいないケースが非常に稀なのだが、これも慧の存在があるからこその待遇であった。


 夜、十時を回った頃に帰宅した二人は時折会話を挟みながら食事をとり、さっさと寝支度を済ませる。

 慧は自分の部屋へ向かい、そのまま就寝。

 安達は自室で仕事関係の連絡を片付けていた。


 日々の忙しさもあって物が少ない室内。

 スマートフォンで連絡を返していた安達は業務に区切りがついたところで、椅子の上で大きく伸びをする。

 そこでふと、彼の目はあるものを捉える。


 机の真ん中に置かれた眼鏡や拳銃、スマートフォン。

 彼の視線はそれらではなく、机の隅に固めて寄せられている煙草やライター、灰皿を捉えた。


 何かを考えるようにそれを見つめていた安達はやがて思い立ったように中身が残っている煙草の箱を掴み、ゴミ箱へと投げ入れる。

 続いて残されたライターと灰皿を手に取れば、うっすらと積もっていた埃が舞った。


 安達はそれを机の引き出しの奥底へしまい、深々と息を吐くのだった。



***



 薄暗く、湿っぽい空間。

 そこが地下室である事を自分は知っている。


 背の高い燭台が部屋の中央を囲むように並べられ、それら一つひとつには蝋燭が灯した日を揺らしている。

 また、壁や床、燭台や棚など至る場所に、何やら深い意味を持ちそうな札がは無数に貼り付けられていた。


 部屋の中央には床を埋め尽くすように大きな和紙が何枚も乱雑に広げられ、その上を墨を纏った筆が何度も走った形跡がある。

 そして何か複雑な模様を記したその和紙の上で、自分は両手を後ろに纏められたまま膝を突いていた。


 大勢の大人が何かを言っている。

 真剣な面持ちだったり、恍惚としていたりとその表情は様々であったが、その中に自分を案じる顔は一つもない。


 大人達が口々と自分へ言葉を向ける。

 色々な事を言われる。

 怖がらなくていいとか、喜ぶべき事なのだとか、誇りに思えだとか。

 だが明らかに、それを素直に頷けるような状況ではなかった。


 首を横に振る。

 その場から離れようとすれば鋭い言葉と共に髪を掴み上げられた。


 無理矢理上げられた顔の先で、赤い光がゆらゆらと揺れる。

 火だ。

 大きな蝋燭に、赤々とした火が灯っている。


 日頃、全く脅威に感じる事がなかったそれがこの時だけは酷く恐ろしかった。

 冷や汗が止まらない。引き攣った悲鳴で助けを求める。

 誰も聞いてくれない。助けない。


 せめてもの抵抗のように目を固く閉じれば、それすら何者かによって抉じ開けられた。


 赤い光がゆっくりと、着実に眼前へ迫る。

 そして――


 水分が蒸発する音がした。


 間近で聞こえる肉を焼くような音。何かが焦げる臭い。

 しかしそれら全てを気に掛けることが出来ない程の耐え難い激痛と恐怖が脳を埋めていた。


 己のものとは到底思えない悲鳴が喉から絞り出されるのだった。



***



 ベッドの上。

 眠りにつき、魘されていた慧は意識を取り戻す。

 夢から覚めた彼は、半ば無意識的に辺りを見回す。


 しかし彼の視界は真っ黒に塗り潰されているだけ。

 深夜だからだろう。周囲からは何の物音もしない。


 慧は乱れた呼吸を整えながら、自身の目元を触れた。

 その指先や肩は細かく震えている。


 未だ胸の内で膨らむ恐怖が悪夢の余韻でしかない事を自覚しても尚、その気持ちは消えなかった。

 何も見えず、聞こえない。

 一人では自分の今の状態にすら確信が持てない状況は、悪夢から目覚めたばかりの彼にとってあまりに大きな不安を呼び寄せた。


「……よし、かず」


 か細く、震えた声が助けを求めるように溢れ出す。

 浅い呼吸を繰り返しながらも冷静になろうと心掛けていた彼はそっとベッドから降りる。

 しかし床についた足には上手く力が入らず、へたり込んでしまった。


「……っ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」

(落ち着け、落ち着け……。あれは夢だから。今とは、違うから……)


 冷たい床の上。

 震える肩を抱きしめて縮こまりながら、慧は気持ちが落ち着くのを待った。


 そうして体の震えが落ち着き始めた頃。

 彼は覚束ない動きで今度こそ立ち上がると、手探りで壁や家具に触れる。


 そして時間を掛けて扉を見つけ、ふらふらと廊下へと出ていくのだった。

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